第16話:偽物
「案外、様になっているじゃないですか」
「そうですか?」
慣れない服に袖を通した自分に、エマが話しかける。
王都での活動のためにと、兵士の礼装をアリサが用意してくれていた。
制服は、あの村で燃えてしまったはずだが。
そんな会話の一方で、アリサは目を伏せて一切の感情を表に出すことなく王宮の廊下を進んで行く。
そんなアリサのところに、派手な神官服の男が近寄ってくる。
「アリサ王女、相変わらずお美しいですな」
「神官長様、恐れ入ります……」
お互いの言葉には一切の感情が込もっておらず、社交辞令だと分かる。
「アリサ様、聖霊に選ばれた
「何を話しているんだ?」
神官長の言葉を
「ノルド王子!?」
「はぁ、アリサ。お前が
そう言って、神官長を小太りの王子が睨みつけると神官長は足早にその場を去って行った。
「ふん、政略結婚の道具にしかならないと思って放っておけば、思い上がったものだなぁ」
「……申しわけございません」
「あそこに居る黒髪のは、お前の従者か?」
「……はい」
「丁度よい。薄汚いお前のその黒髪が、実に不愉快だったんだ。お前の代わりに、その者の首を
そうして王子がこちらに向けて剣を抜いたのを見たアリサは、
「お止め下さい! ノルド兄様!」
ハッと、アリサが口を手で
「
そして王子が剣を振り上げ、こちらに切りかかって来ようとしたとき。頭の上に慣れた重みが現れたのを感じる。
「な、なんで、そいつが」
「何の騒ぎだ?」
騒ぎを耳にしてか、老人たちを従えた男がその場に現れる。男は状況を見ると、
「ノルド、宮中で抜剣とは……」
「う、うるさい! テミッド、少し早く生まれた程度で、俺に指図するな!!」
アリサの二人の兄、第一王子テミッドと第二王子ノルド。テミッドはノルドの文句を軽く受け流すとアリサの方へ歩み寄る。
「アリサ、
「テミッド兄様、ご無沙汰いたしております」
軽く挨拶をすると、テミッドはこちらに視線を向ける。
「あの者は?」
「……私の従者でございます」
こちらを見て、
「聖霊に
「……申しわけございません」
「父の不始末とはいえ、そなたの母君のことから勘違いを……。いや、失言だったな許せ」
そう言い、テミッドは取り巻きの者たちと一緒にその場を離れて行った。
完全に
「いいか、アリサ! お前はただ、そいつに選ばれただけだ! 本来、この場に居ることすらおこがましい……」
剣を収め、第一王子を追うようにその場を後にしようとしたノルドは、去り際にアリサに
「この、偽物め……」
アリサはそれを聞いても表情を変えることなく、深々と頭を下げて兄たちを見送っていた。
※※※※※※※※※※
本来ならば入ることすら許されないらしいが、アリサの従者と言うことで、部屋の一番隅に立っていることが許された。
アリサは部屋の中央に二人の王子と共に立ち、一緒に来たエマは騎士たちが立ち並んだ列にいる。
やがて上座に据えられた豪華な椅子に王が現れると、部屋の者が一斉に
自分も周囲の動作に合わせて同じ格好をとる。
日本人特有の集団心理が働いたのが、この場では
「皆。知っての通り隣国ゴンド王国に対し、帝国が宣戦を布告した。今は国境で小競り合いをしておるが、大規模な侵攻も時間の問題だ」
戦争が始まると言う王様の言葉に、全く実感が持てない。しかし、部屋に
「三王の
王が宣言すると同時に、部屋の熱狂は最高潮に達していた。興奮に体を震わせる者や、涙を流している者さえいる。
そんな雰囲気が、自分には理解出来ない。
この空気に馴染めずにアリサの方を見ると、彼女はただ顔を伏せているだけだった。
周囲の興奮が静まるのを待ち、王は話を続ける。
「だが北の地にて、かねてより
「……はい」
「そなたの第二軍で対処せよ」
王の指示に、アリサはただ頭を下げ応じる。
この日、王国内全土に戦いの準備が命じられた。
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