第26話:小鬼崩れ

 予定の場所に部隊を進め、態勢たいせいを整える。

 騎士を中心とした各隊を、横一列の横陣おうじんに展開し、前列に盾と槍を持った歩兵、後列に騎馬兵を配置した防御寄りの陣形をく。

 釣り出した小鬼をき止めるためだ。


「それで、本当に付いて来る気なの? 王女様」


 女性冒険者が心配してくれる。

 確かに、軍の指揮を預かる身で、あさはかなのは承知している。

 でも、じっとなんてしていられない。


「ええ。案内をお願い!」

「……変な子ねぇ」


 冒険者はあきれた様子で、再び準備に戻って行った。


 元々、私の軍には女性が多い。志願者の中から乗馬に優れた者たちを選び、私を含めて十人くらいの隊を作った。

 ……私たちが、『えさ』だ。


 その中には、エマとシャルもいる。


「アリサ。やはり、あなたは……」

「エマ。この子は頑固がんこ今更いまさら言っても無駄」


 そう。一番危険で重要な役目。

 みんなを信頼していない訳じゃないけれど、ここで引き下がるつもりはない。


「それじゃ、そろそろ行くわよ! しっかり付いてきて!」


 冒険者が先導し、いよいよ戦場が動き出した。


※※※※※※※※※※


 森の中には、無数の小鬼ゴブリンがひしめいていた。

 獰猛どうもう残忍ざんにんな彼らは、既に目に入るあらゆる物を食い尽くし、ついには共食いまでもが始まっていた。

 腹を満たした者たちは、最早もはや待ちきれないとばかりにさかり、よだれをダラダラ垂らしながらたけっている。


 その中の一匹が、異常な嗅覚で極上の獲物の気配をぎとった。


 ギーギー、ギャーギャーと周りの個体に知らせるように騒ぎ立てる小鬼の興奮は、やがて群れ全体にまで広がっていく。


 待ちきれないとばかりに雄叫びを上げていた一匹の喉元のどもとを、突然、一本の矢が凄まじい勢いでつらぬいた。


 ゆっくり倒れる様を、唖然あぜんとした様子で静かに眺めていた小鬼ゴブリンたちは、やがて異常な興奮状態となり、矢の飛んできた方向を探り始めた。すると、再び数本の矢が射掛いかけられ、次々に小鬼ゴブリンが倒れていく。


 そして、ついに小鬼ゴブリン達は、獲物の姿をその目にとらえた。

 馬に乗った影は数人だったが、辺りにただよってくる匂いから、それなりの人数が集まっていることが小鬼ゴブリンたちには分かった。


 それをきっかけに、ついにメスを求めた小鬼ゴブリンたちが、怒涛どとうの勢いでえさの方へと向かい出したのだった。


※※※※※※※※※※


 脇目わきめも振らず、馬の限界のスピードで目標の地点まで駆ける。


 後ろからは地響じひびきと、異様に甲高かんだかい無数の鳴き声が迫ってくる。

 まるで、高波に追われているような感覚だ。


 足が止まればどうなってしまうのか……

 せまりくる恐怖と緊張に、体が固まる。


 しかし、気力で恐怖を押さえつけて必死に手綱を握り締めた。


 山と峡谷きょうこくの入口に差し掛かり、馬の背からわらや木の枝で作った塊を落す。

 馬に引きずられたそれは、土埃つちぼこりを舞いあげさせて小鬼ゴブリンの視界を奪う。しかし、嗅覚で獲物を捉える彼らは、進軍速度を落とすことなく追いかけて来た。


 急激に狭くなっていく土地に、勢い余って谷底に落ちていく小鬼ゴブリンもいたが、ほんの一部に過ぎない。


 峡間きょうかんの中程まで至り、自軍の姿を確認すると、土埃つちぼこりを作っていた塊を投げ捨てた。自軍の視界を奪わないためと、逃げきることに集中するために。


 そこからは、ひたすらに駆ける。

 限界を迎えつつある馬にむちを入れ、最後の力を使って走らせる。


 小鬼ゴブリンを後方に振り切り、自軍への合流をたす。


 私たちは、小鬼ゴブリンを釣り出すことに成功した。


※※※※※※※※※※


 味方の隊列に飛び込んだ時、限界まで駆け抜けた馬は横向きに倒れてしまった。背中から飛び降りるようにしてなんを逃れながら、限界までくしてくれた馬に駆け寄って、そっと体をでて感謝を伝える。


 動けなくなった馬たちをその場に預け、中央の指揮へと急ぎ合流する。


 その時、今まで背にしていた小鬼ゴブリンたちと、初めて対峙たいじした。


 辺り一面を真っ黒に染めながら、土煙を上げて猛然もうぜんと迫ってくる様は、恐怖を覚えずにはいられない。


 眼前がんぜんに迫った小鬼ゴブリンを前に、兵たちを鼓舞こぶする。


「一歩も引くな! 押しとどめなさい!!」


 地響きで果たして何人に届いたのか分からない私の声に反応するように、雄叫びが上がる。


「おい、てめえ等! お嬢たちばっかりに、いい格好させんなよ? 気合い入れてけぇ!!」


 デルトも呼応して、兵たちに気合を入れていく。


 だが、対峙した大群たいぐんは、物凄い数と勢いでこちらをみ込もうとしていた。


 圧倒的な物量ぶつりょうを相手に、どれだけの犠牲ぎせいを払い、そして、本当に退しりぞけることが出来るのか。私の心の内が不安で押し潰されそうになり、小鬼ゴブリンたちの先頭が陣に到達しかけた時だった。


 別の方向から地響きが聞こえたかと思うと、山間やまあいから黒い集団が、小鬼ゴブリンたちの横腹へと突っ込んで行った。


 突如の出来事に大混乱を起こしながら、次々と谷底に落ちて行く小鬼ゴブリン。完全に出鼻でばなくじかれた先頭の集団も、後ろの大群に押し出されるように我々と衝突したが、勢いを失った彼らは、盾に押し返されながら槍や弓矢でその数を減らして行った。


 この機会を逃すはずが無い。


「騎馬隊、突撃して追い落とせ!」


 側面からの何物かの突撃に大混乱の中、さらに正面からの突撃。そして、大群ゆえ止まる制御が効かずに、未だに突撃してくる自らの群れ。

 三方から追い立てられた小鬼ゴブリンたちの逃れる先は谷底しか無かった。


 バラバラと断末魔をあげて落ちて行く彼らを見て、何故か恐怖を感じてしまう。鳥肌を抑えるようにしながら、自軍に追撃を命じる。


 一気に殲滅せんめつされた小鬼ゴブリンたちは、暴走を止めて我先われさきにと逃げて行く。


 こうして北方の混乱は、意外なほど呆気あっけなく収束しゅうそくしていく。

 でも、私の心は言い知れぬ怖さを感じて、震えていた。

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