第25話:企て

「それで、本当に起こるのね?」

「ああ、間違いないそうだ」


 小鬼ゴブリンの大群を見つけ、ノルの街に帰還きかんしたヒルから状況を聞き、アリサへと報告する。

 執務室には、アリサ以外に誰も居なかった。この部屋には聖霊が居るからだ。


「規模は分かるの?」

生憎あいにくと、森を埋め尽くすほどとしか」

「そう……」


 アリサは肩を落すと、ゆっくりと椅子に座った。


「あなたから見て、勝てそうだと思う?」

「……」

「……正直ね。嘘でも『分からない』くらい言ってくれてもいいのに」


 口には出せなかったが、今のままでは到底勝ち目は無い。それは、アリサ自身にも分かっていたのだろう。


「そう。受け身では勝てない。でも、どうしたら……」

「……考えが無くはない」


 驚いた顔でこちらを見るアリサに、ポケットから例の地図を取り出す。


「ここからは君次第だ。やるなら、付き合う」


 そう言って、地図の一点を指差し、大まかな説明をする。


「……本当に、これで?」

「上手く行く保証はない。それに、かなり危険だ」


 アリサは、しばらく黙り込んでいたが、やがて顔を上げて、真っ直ぐにこちらを向いた。


「やりましょう」


 決意の宿った目をする彼女に安心する。

 ここから先は、彼女に任せるしかない。


「……分かった、準備する。先に出るから」


 ドアに手を掛け、部屋を出ようとした時、不意に彼女から呼び止められた。


「その……、無事に帰ってきて」

「ああ、お互いに」


 そして、今度こそ執務室を後にした。


※※※※※※※※※※


 ろうの中の少年は、うずくまるように座っていた。

 あの後、目を覚ましてからしばらくは大騒ぎをしていたそうだが、今は何かをさとったように静かになっていた。


「……何の用だ?」

「お前、妹を助けたいんだろ?」


 その言葉に、少年の目に再び力が宿る。


「お前、この辺の山は詳しいか?」

「当たり前だろうが! それより、何なんだ? お前」


 反抗はんこうする元気が残っていることに安心して、牢の扉を開ける。


「……何のつもりだ?」

「人手が必要なんだ。ついて来い」

「ワケわかんねぇ! お前、俺に何をさせたいんだ!?」


 状況がみ込めない少年を、引っ張り出して外に連れ出す。


 そこには、数人の冒険者と、ウルを抱えたシンが待っていた。


「兄貴、そいつも連れて行くのか?」

「ああ、貴重なガイドだ」

「それと、例の物も借りといたけどよ。何に使うんだよ? アレ……」

「すぐに分かるさ」


 自分そっちのけで行われる会話にごうを煮やした少年は、こちらの腕を振り解いて前に立った。


「ふっざけんな! 説明しろ! これから、何をする気なんだ!?」


 怒りをあらわにする少年に、向かって平然へいぜんとした態度で告げる。


小鬼ゴブリン退治だ」


■■■■■■■■■■


 軍議の場は騒然そうぜんとなっていた。


「打って出るって、マジかよ!? お嬢!」

「ええ。本気です」


 驚きを見せるデルトに、毅然きぜんとした態度で答える。


「しかし、闇雲やみくもに兵を出しても、危険にさらすだけでは……」

「兵は分散させません。布陣ふじんする所は、もう決めてあります。ここです」


 そして、目の前にある地図の一点を指す。

 そこは、山地と峡谷きょうこくはさまれたせまい土地だ。


「確かに、平地で戦うよりは良いが……」

「しかし、ここに小鬼ゴブリンが来るとは限らないのでは?」

「……待つのではないの。の」


 言っている意味が分からないと、顔を見合わせる一同と、一人、黙り込むエマ。


「その、釣り出すとは……」


 そこまで言って、エマが静かに発言する。


「……えさは、誰がするの?」

「それは、私が……」

「何を言っているの!!」


 声を荒げて、憤然ふんぜんとして立ち上がるエマ。


「いい? 上手く誘い出せたとしても、勝てるわけではないのよ? 場合によっては、コチラが押しつぶされてしまう……」


 その言葉に、多くが顔をせる。

 そんな沈黙を、一人の騎士が打ち破った。


「いいじゃねぇか!

 無策むさくってわけじゃねえんだし、お嬢がこんなに考えてんだぞ?

 実現させんのが、俺たちの役目だろうが!」


 デルトが、全員を鼓舞こぶするように言う。


 この作戦を考えたのは、私ではない。

 しかし、それを言うことは止められている。


 私以外に、彼らを動かすことが出来ないこと

を、分かっていたのだろう。

 ここまでしてもらって、出来ないとは言えない。

 それが王女わたしの役目なら、動かせてみせる。


「俺は乗るぜ!」


 それに同意するように、数人の騎士が立ち上がる。


 私は、反対しているエマをじっと見つめた。

 エマは、私の視線に気付くと少しの間目線を合わせて、やがて根負こんまけしたように目線を外した。


「……私も全てに反対している訳ではありません。

 良いですか。餌役は、一人では行かせませんから……」


 エマのその言葉で、作戦の実行が決定した。


※※※※※※※※※※


 指定の場所へ布陣するため、ノルの街から進軍する準備を進めていると、エマが近づいて来た。


「全く、無茶な作戦を立てましたね」

「それは……」

「分かっています。の策なのでしょ?」


 エマには、全部分かっていたようだ。

 何だかんだ言いながらも、彼女は優しい。


「ですが、事前に相談して欲しかったです。あなたを餌になんて」

「それは、私が言い出したの。だから」

「そうでしょうけど、彼はどこに?」


 詳しいことは、私にも知らされていなかった。

 準備があるからと、先に出発した彼らは、一体何をしているのだろうか。


「……分からない。あなたは何か聞いてる?」


 目線の先には、女性の冒険者がいた。


「いいえ。私も詳しいことは聞いてないの。

さぁ、私たちは大物を釣り上げてやりましょ!」


 彼女は、彼が用意してくれたガイド役。

 私たちの働き次第で、この作戦の成否せいひが決まる。

 彼女の言葉に、しっかりとうなずく。


「アリサ、出発の準備が出来た」


 シャルから準備完了の報告を受けて、覚悟を決める。


「では、行きましょう。進軍開始」


 号令と共に雄叫びが上がり、小鬼ゴブリン討伐の進軍が始まった。

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