辺境の村で

第1話:異なる世界

 重いまぶたを開くと、そこは見知らない場所だった。


 テントのような場所でやっとの思いで体を起こすが、かすみがかったように意識はハッキリとしなかった。


 ぼやけた頭で、どうにかポケットの中身を探ってみるが、携帯スマホはおろか財布さいふも持っていないことに気付く。唯一、ハンカチだけがポケットに入ったままになっていた。


 他に持ち物はないのかと起き上がろうとしたとき、入り口から人が入ってくる気配がした。


「あ、お兄さん! 気がついた?」


 十歳くらいの少女は、無邪気むじゃきな笑みで問い掛けてくる。


「……ここは? どこなんだ?」

「私の村だよ? お兄さん、村の入り口で倒れてたんだって……、覚えてない?」


 持ってきた手提てさげを置きながら尋ねてくる少女に、小さく首を振ってこたえながら、はっきりしない頭で思考を巡らせる。


「……、やっちまったのかなぁ、俺。近くに駅とかコンビニとかある?」

「……コンビニ?」


 小首こくびかしげる少女。

 よく見ると少女の瞳は、んだ翡翠ひすい色で、髪も随分ずいぶんと明るい赤茶色をしている。とても日本人のように見えなかった。

 しばらく考えこんでしまっていると。


「お兄さん、大丈夫?」


 顔をのぞき込んできた少女の綺麗きれいひとみに、ドキッとしてしまう。


「あぁ。君、名前は?」

「私? ステラ!」


 少女は嬉しそうに答えてくれた。


「俺はヒサヤだ。よろしく」

「うん! よろしくね、!」


 名前を呼ばれた瞬間、スッと頭の中のかすみが晴れ、意識がハッキリと目覚めるのを感じた。まるで、世界に産まれ出たような不思議な感覚だった。


 お互いの挨拶が済んだところで、また一人、入り口から入ってくる人物がいた。


「ほぉ、目覚めたのか?」

「おかえりなさい! ヒサヤ、私のおじいちゃん。倒れていたヒサヤを、ここまで運んで来たの」


 ステラに紹介された初老しょろうの男性も、やはり瞳や髪の色などが日本人のようには見えない。


「あの、……助けていただいて、ありがとうございます」


 お礼を言う自分に、老人は「いやいや」と軽く答えながら、目の前に腰を下ろした。


「なぁに、あのまま放っておくこともできんでなぁ。ヒサヤ? と言うのかい?」

「あ、……あれ?」


 思わず言葉を詰まらせる。自分のフルネームを伝えようとしたはずなのに、何故か名字が出てこない。頭では認識できているはずなのに、全く言葉にすることが出来きずに狼狽うろたえる。


「どうかしたのかい?」

「い、いえ、なにも……。その、……よろしくお願いします」

「ああ、よろしくのぅ」


 初老の男性から差し出された手を困惑こんわくしながら握ると、手から伝わる温もりがリアルに伝わり、ここが現実であることがハッキリする。


「わしは、ダンと言う。そこの子は、孫娘まごむすめの……」

「おじいちゃん! 私、もう挨拶したよ? ねぇ、ヒサヤ!!」


 そう言いながら、ステラは首筋くびすじに抱きついてきた。


「……えらく気に入られたのぉ?」

「えぇ、まったく……」


 無邪気むじゃきじゃれ付いて来るステラを見て、目の前の老人から、ピリピリとプレッシャーが伝わってきたように感じる。もしかして孫娘を取られたことに、ご立腹りっぷくなんだろうか?


 ダンと名乗なのった初老しょろうの男性は、小さくため息をつくと、あらためて問いかけてきた。


「で、お前さん、何でこんな辺鄙へんぴな所で倒れとったんじゃ?」

「それが、全然、覚えて無くて……、ここは、どこなんですか?」

「エルドの国の外れさね。ワシは一応、ここの村長むらおさをやっとる」


 まさか、聞いたことのない国の名前が出てくるとは思っておらず、呆気あっけにとられてしまう。


「エ、エルド? ここは、日本じゃないんですか?」

「……ニホン? お前さんの国か? ……悪いが、聞いたことがないのぅ」

「……」


 まさか気を失っている間に外国に来てしまったのかと、絶句する。だが、それと同時に、不思議に思うこともあった。


「あ、あの、その言葉は、どこで?」


 日本で産まれ育った自分は、日本語以外しゃべれない。それなのに、ダンやステラの言葉は、しっかりと理解できる。

 つまり、言葉が通じているのだ。


「うん? あぁ、ちっとなまりがキツかったかの? アルモニア語のつもりだったんじゃが、こんな田舎いなかじゃ。ゆるしておくれ」

「アルモニア?」

「……ここいらじゃ、アルモニア語は公用語こうようごじゃろ? それに、お前さんもさっきから流暢りゅうちょうに話しとるじゃないか?」

「え!? 話している?」


 ダンやステラが日本語を使っていたのではなく、自分が知らないはずの言葉を使っていると告げられて頭のなかはパニック状態だった。


「こ、ここは、地球のどのあたりの国なんですか!?」


 完全に動揺し、思わず胸ぐらを掴むような姿勢でダンに詰め寄る。

 その必死な姿に、ダンは戸惑とまどいながらも答えてくれた。


「待て! 待て!! 少し落ち着きなさい。

 さっきからお前さん、訳の分からん事ばかり言って、どうしたんじゃ!? チ、チキュウ? とは何じゃ?」


 この言葉を聞いて、理解した。


 ここは、自分のいた世界とは別の世界ばしょなんだと。


 自分は、この世界に紛れ込んだ……異物いぶつなんだと。


 大きな衝撃しょうげきに心と体が付いて来ず、身動きすることが出来ずに呆然ぼうぜんと座り込む。ショックで真っ白になった頭の中は、思考を拒絶きょぜつするように、全く働いてくれない。


 すると、不意にひたいに、温かなものが触れられたのを感じた。


「ヒサヤ、大丈夫? 具合悪い?」


 ステラは小さな手をひたいに当てて、心配そうに顔をのぞき込んできた。

 その優しい温もりが、凍結とうけつしていた思考しこうを徐々に働き出してくれた。


「……ありがとう。もう大丈夫だよ」

「落ち着いた? よかった! じゃあ、そろそろご飯の準備するね!」


 そう言いながら、ステラはテントから出ていった。

 自分が落ち着いたのを確認し、ダンが再び話しかけてくる。


「落ち着いたかい?」

「……はい。すみませんでした」

「気にするな。……確かにお前さん、ここらじゃ見たことのない格好をしとるしのう。それに瞳や髪もワシらと大分違うようじゃ。黒い髪、まるで姫様と同じじゃ」

「姫様?」


 自分と似た特徴の人物。

 もしかしたら、自分と同じく日本からこの世界に来た人物だろうか? しかし、"姫様"と言う言葉が引っかかる。


「エルド王族の第一王女様じゃ。

 大層たいそうな聖霊の加護かごをお持ちと言われとるが、まぁ、雲の上のお方じゃ」


 王族ということは、血筋ちすじもはっきりしているはずだ。同じ境遇きょうぐうの人ではないだろうと思ったが、その王女に少し興味が湧いた。


 その後、ダンはこの村の話をしてくれたのだが、上の空で聞いていた。自分の今の状況を受けとめるので、精一杯だった。

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