異なる世界
プロローグ:悪夢
「……あぁ、またここか」
ひどく疲れた声で、思わず小さく
辺りに立ち込める
何時見みても、胃と胸がムカムカする。初めてこれを見たときは、思わず吐いてしまったほどだ。
そんな絶望的な光景が目の前には広がっていた。
―― ここは
辺りには無数の
―― "地獄"と呼ぶに
暗く、重苦しい。立っているだけで息が詰まるような場所で、目に留まる不自然な光景があった。
そこには、いつも一人の少女が
「……泣いている」そう感じる彼女の姿を見て、自分の心はいつもざわついていた。
この地獄の中で、最も見たくない姿だった。
肩を震わせ今にも崩れ落ちそうな少女に声を掛けようと足を踏み出そうとした時、この地獄の世界は徐々に崩れ始める。
「……ここまでか」
少女の
地獄の光景から
■■■■■■■■■■
大粒の汗を吹き出しながら目を覚ました。
辺りを見渡し、ここが高校の保健室だと気付く。
―― どうやら、またやってしまったらしい。
気を失って保健室に担ぎ込まれるのは、これで何度目だろう。
あの夢を見るようになって数ヶ月。
最近では、まるでどこかに引きずり込むかのように強引に意識を奪って行く。
高校三年の春。楽しい学校生活のはずが、自分は
「……死ぬのかなぁ。俺」
「そんなの嫌です!!」
いきなりの大声に驚き、声のした方へと顔を向けると、一人の女の子が泣き出しそうな顔でこちらを見つめていた。
一年下の陸上部の後輩。
新入生の指導係だった自分は、それなりに後輩達からの信頼も厚かったと思う。そのなかでも、特に慕ってくれていたのが彼女だった。
「……ごめん、気付かなかった」
「いいえ、先輩が大変なのは分かっていますから…。少し落ち着きましたか?」
「……あぁ、ありがとう」
自分の答えにも、彼女の顔から不安の色が消えることはない。
この数ヶ月で、自分は随分と
「大丈夫だって。体には何の異常もないって、病院でも……」
「だから心配なんです! 原因が分からないってことですよね!?」
「本当に、大丈夫だって……」
「私、このまま先輩が、どこかに居なくなっちゃうじゃないかって……」
その予感は、おそらく正しい……。
それを確かめるように目の前にいる少女に尋ねる。
「なぁ……、俺が分かるか?」
「え? いきなりどうしたんですか? 先輩?」
「……あぁ、いや、ごめん。何でもないんだ、悪いな、変なこと聞いて」
「……さぁ、もう部活に戻れ。大会が近いんだろ」
「先輩は?」
「俺は、……病院に行って帰るよ」
「そう、ですか。分かりました。ちゃんと診てもらってくださいね」
「……分かってる。皆にもよろしくな」
失礼します。と、後輩は保健室を出ていった。その間、彼女に名前を呼ばれることは一度も無かった。
二年の終わりくらいに顔を真っ赤にして名前で呼んでくるようになった後輩。それを見ていた部活の連中には
彼女だけではない、クラスメイトや部活の仲間に
夢に引き込まれる頻度に呼応するように、この世界から自分の存在が
■■■■■■■■■■
ベッドから起き上がると、保健室を後にした。
疲労が限界にきているのか、足取りがやけに重い。目覚めたはずなのに、視界がぼやけているように感じる。
やっとの思いで校門を出たとき、違和感に気付いた。それが何なのかは、すぐに分かった。
―― そこには、誰もいなかった。
放課後の正門。下校する生徒はおろか、普段は人通りの多い学校前の道にも全く人がいない。
恐ろしいほど静まり返った世界が広がっていた。
「どう、なってる?」
「……の、……な、ぇぁ? あ、の、なあぇは?」
「……は? な、名前?」
どうやら自分の名前を尋ねているように聞こえる声に思わず息を飲む。
その声は、まるで助けを求めているように
「……あなたの……なまえ、は?」
再度、ハッキリと聞こえた質問に、俺は力いっぱいに答えた。
「ヒサヤ! 俺の名前は、ヒサヤだ!!」
思った以上に大きな声だったが、気にする
「……ヒ、サヤ?」
声が返され、届いた! と、思った次の瞬間、まるで夢の終わりと同じように世界が崩れていく。
ここには、もう戻れないのだろうと
こうして、自分はこの世界から消失した。
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