第2話:辺境の村

 異世界に放り出された自分には、行くてがなかった。


「落ち着くまでここにいて良い」と言ってくれた村長ダンの言葉に甘えて、今はエルド辺境の村に滞在している。


 ここは数十のテントのような家に三十人ほどが暮らす、小さな村だった。南の大森林に程近ほどちかく、村の外周は、防備のための高い柵が設けられている。


 ダンの話では、村の周囲には魔物が出没するらしい。しかし、平和な日本で暮らしてきた自分に魔物と言われてもピンと来なかった。

 精々せいぜい、野犬の群れやファンタジーゲームのモンスターを思い浮かべることしか出来なかった。


 手持ち無沙汰ぶさたに村を見て歩いていると、元気な声で呼び止める少女の声がした。


「ヒサヤ! 水汲みずくみに行こー!」


 片手をあげて声の方に向かって答える。


「分かった! あんまり慌てるなよ、ステラ」

「大丈夫だよ! はい、バケツ。早く行こ!」


 両手に空のバケツを持ったステラは、駆け寄ってくると片方のバケツを自分に手渡してきた。


 異世界こちらに来てから、いつも面倒を見てくれるステラはとても頼もしい存在だ。

 素直で元気な彼女は村でも人気者で、そのおかげか得体の知れない自分も徐々に村人に受け入れてもらうことが出来ていた。


 ステラに手を引かれ、村外れの水場に向かう途中。武具を着込んだ数人の集団がいるのに気が付いた。

 彼らの後ろには馬車に似た荷車があり、商人とおぼしき男性が商品を並べて村人と商売を行っている。


「あれは冒険者さん達だよ。商人さんの護衛で、時々村に来るの」


 物珍ものめずらしそうにしている自分に、ステラが説明してくれた。


「冒険者ねぇ。ちょっと不気味ってか、何かいやな感じがする連中だな」

「……うん。優しい人もいっぱい居るんだけど、何か今日の冒険者さん達、怖い感じがする……」


 ステラの方を見ると、普段は人懐ひとなつっこいはずの彼女が自分の影に隠れるようにギュッと服のすそを握っておびえていた。


「冒険者の中には山賊や盗賊紛いの連中もおる。気を付けることじゃ」


 そう言いながらダンが歩み寄って来た。


「……山賊ですか」


 日本では聞き慣れない言葉に少し戸惑う。


 相手は数人だが、武器を持っている。


 彼らが暴れだした時、自分は何か出来るだろうかと考えると不安になる。


 高校では運動部に入っていたので多少は恵まれた体をしているつもりだったが、武術を習っていたわけではない。それに、剣や斧などを持ち歩くことも日本では考えられない光景だ。


「この子は、不吉な気配に敏感での。そういった意味じゃ、お前さんは特別じゃ。見るからに怪しかったが、この子がこんなに信用するとは」


 やはり、自分が村に居られるのはステラのおかげらしい。何も持たない無い状態で外に放り出された時、自分はどうにか出来ただろうか?


「どちらにしても、あの連中には早々そうそうに村から出ていってもらった方が良さそうじゃ」


 そう言うと、ダンは商人の方に歩み寄っていった。


「やぁ、ロイ。繁盛しとるかね?」

「ああ、ダンさん。お久し振りです! そうですね、ボチボチと商売させてもらっていますよ」


 ダンは冒険者の雇い主である商人の男に話しかける。顔馴染かおなじみなのか商人の方も気さくに応じていた。


「そうかい。それで、今回はいつもと違う顔ぶれのようじゃの?」

「えぇ。近頃は物騒ぶっそうですから…。聞いていますか? ここから少し離れた村のこと」


 言いにくいことのように、ロイと呼ばれた商人は小声でダンに話かけた。


「ああ、襲撃された村があると聞いとったが……」

「そうなんです。それも皆殺しって話です。女子供も関係なく、全滅って。それを聞いて、私も急遽、護衛を追加で雇うことにしたんです」


 そう言って紹介された冒険者は三人。

 無口で固い表情をした男とひょろ長で色白の男、それに薄く笑みを浮かべ周囲を見回す不気味な男だった。


「そうじゃったのか、ここらも安全と言えんのぅ。なぁロイ、一つ頼まれてくれるか?」

「はい? なんでしょうか?」


 ダンはそう言うと、小さな袋を取り出し、手のひらにその中身を出して商人の男に確認させる。そこには、紫色に輝く小さな結晶があった。


ですか?」


 そう尋ねる商人に、ダンは小さくうなずき話を続ける。


「そうじゃ。お前さんにコイツの換金と、その金で憲兵を連れて来て欲しいんじゃ」

「憲兵ですか? この量の魔石なら、結構な額に成りますよ。冒険者を雇った方が良いんじゃないですか? 言っちゃなんですが、あいつら……」


 そう言いかけたロイを、ダンがさえぎる。


「分かっとる。良いじゃ。頼んだぞ、あまった金は自由にしてもらって構わん」

「はぁ。まぁ、分かりました」


 ロイは話に納得出来ないようだったが、割りの良い依頼に渋々しぶしぶと引き下がった。

 そんな一連のやり取りを、ひょろ長な冒険者がずっとうつろな目で見続けていた。


 遠巻きに見ていたのだが、急にすそが引かれたことに気付き振り返る。


「ヒサヤ、早く行こう……」


 この場を離れたいのか、少し強めの力で引っ張るステラにしたがって、立ち去ろうとした時だった。


「ヒャホー! 可愛い娘ちゃん発見!!」


 そう言いながら、薄笑うすわらいを浮かべた冒険者が自分たちの方に駆け寄ってきた。


 冒険者はステラの目の前に立ち、全身を舐めまわすように見回す。彼女は怖がって、ギュッと自分の服を掴んで顔を背けている。

 そんな姿を見て、たまらず冒険者とステラの間に割って入る。


「いい加減にしろ! 怖がってんだろが!」

「あぁ? なんだぁ、テメエ? 出しゃばってんじゃねぇよ!!」


 冒険者はこちらをにらみ付けると、腰からダガーを引き抜いて目の前にちらつかせる。

 学校の不良と違う。威嚇いかくではなく、本気でこちらを傷つけるために向けられる凶器を前に、足がすくみそうになってしまう。


「邪魔しやがぁんのか? 殺すぞ! テメェ」


 刃先きっさきを舐めまわすようにしながら、こちらへ向けてくる男。しかし、後ろにいる少女のため、一歩も引くつもりは無い。


上等じょうとうだぁ! テメエ!!」


 そうさけびながら、ダガーを突き立てようとした時。突如とつじょ、無口な冒険者が薄笑いの男の腕を掴み止めに入った。


「ふっざけんな!! 殺っちまうぞ!?」

「……さわぎを起こすな」


 しばらく二人の冒険者は睨み合っていたが、そこに商人の声が聞こえてきた。


「おーい! 次の仕事だ。出発するぞ!」


 その声を聞いた無口な冒険者は、薄笑いの冒険者の手を放して商人の方に向かって歩き出した。

 薄笑いを浮かべた冒険者も、きょうがれたのか、腰にダガーを戻しながらこちらを一瞥いちべつすると、舌打ちして商人の方に戻っていった。


 ほどなくして商人の一行は村を出ていったのだが、脱力して地面にへたり込んだ自分に、ステラが泣きつき二人ともしばらく身動きすることが出来なかったのだった。

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