第3話 

◇大学1回生


 大学では学部が同じだと別の学科の生徒と同じ授業を取ることもある。

 そんな中、違う学科の街木くんと隣同士になった。


 2度目の授業の時も私と街木くんは前回と同じ席に座った。


          ◇ ◇ ◇ ◇


 その時、街木くんはうっかり教本を忘れ、先生の講義だけを聞いていれば

いいだけのうちは、ノートをとったりして凌いでいたけれど、

いよいよ教科書を読まないと分からない場面になった時、

『忘れたので見せて貰えませんか?』 と私に頼んできたことがあった。



 その後3度目の授業で、私が風邪をひき欠席した時のこと。

 次の授業で、彼はノートを私に『どうぞ』と貸してくれたのだ。


 そしてそれから月が変わっても私たちはずっと同じ席に座り続け、

隣同士で授業を受けたのだった。


 


 木々の新緑が美しく色づき、小さな小花をつけた植物が可愛らしく

首を傾けたように咲いているそんな季節に、街木くんは大学で唯一

話のできる同級生になっていた。


          ◇ ◇ ◇ ◇



 芽衣が街木と同じ授業で毎回隣同士に座るようになりつつある中、

周りの学生たちは徐々にグループ化していった。


 それを横目で眺めつつ、『そこに入って行けない自分は寂しいだろうか?』

などと芽衣は胸のうちで知らず知らず呟いていた。

 

 それと共に芽衣には街木歩と友達になれるかもしれない、そんな期待のこもった

予感があり、内心そうであってほしいと願う気持ちと、もしなれなくても自分は

大丈夫だと、喪失感でダメージを受けないよう、我が身をフォローする気持ちとが

綯交ぜになるのだった。



そして、街木歩とこの先もずっと付き合いが続けられるのなら、

他に誰ひとり友達ができなくても自分は寂しさなど感じたりなどしないだろうと

芽衣は思った。 




 芽衣の母親は毒親で、父親は家庭を顧みない無責任で身勝手な男だった。


 父親と上手くいかない母親は、父親激似の芽衣を激しく疎み、

芽衣に対する育児を放棄。


 芽衣は長らく家庭の中で放置児として扱われていた。


 2才上に兄がいたのだが、兄は普通に育てられていたため、更に

その現実が芽衣の心に深い傷跡を残した。



 運良く7才の時にそんな不遇な生活から抜け出せたものの

両親から愛されることのなかった芽衣には、他人とどのようにすれば

スムースに仲良くなれるのか、とんと分らなかった。


 家庭に居場所のなかった少女。


 7才の頃に縁あって母方の祖父母に引き取られ、愛情をかけて

貰えるようになったことは不幸中の幸いといえた。




          ◇ ◇ ◇ ◇



 週に1つだけ同じ講義を取っていて、その授業の時には私の隣に

座るようになった街木くん。


 来年の今頃はどうなってるんだろう?  と隣にいる街木くんの気配を

感じながら、私はそんなことばかりを考えてしまう。


 今このとき、他に友達もいるのに毎回私の隣に座ってくれるだけでも

奇跡なのに、私ったら何考えてるんだろう。


 来年同じ講義をとれるかどうかも分からないものを。


 だって彼女でもないんだよ? 

 どんな講義を取るか打ち合わせのしようがないんだから。


 私にとって唯一の大学で友達と呼べる人。


 囚われてはいけないと思いつつ、毎日街木くんのことで頭の中は

いっぱいだった。




授業が3か月目に入った頃、2限目が終わると街木くんから

一緒にマクド行こうって誘われた。 



「腹減ったぁ~。ねっ、山本さんお腹減ってない? お昼はどうすんの? 」



「あ……ぁ、っと……」


 お昼ご飯ね、帰り道にあるマクドでTake Outして家で食べるつもり

だった、けど……何て言えばいいのかな? こういう時。


「俺、今日はマック食べたい気分! 一緒に行こう? 」


 街木君は私の返事を待たずに椅子から立ち上がると

私が当然付いて行くことは想定内の態で、教室から出て行こうとした。


 私は小走りで彼の後に付いて行った。

 そして街木くんが途中で私を待っていてくれて私たちは並んで歩いた。





 大学生たちは恋人同士でなくても、ただの 友達同士でも並んで賑やかに

話ながら歩くのが常なので助かる。


 校風もあってか異性と並んで話しながらふたりで歩いていても

気負う必要がなかった。


 そして何より街木くんが気負わず話せる相手だったのが

幸いした。


 彼氏ではない異性からの初めてのお誘い。

 どうして? 何で私と?


 そう聞いてみたかったけれど、私はそれを封印した。


 街木くんとの出会いはめったに起こらないような奇跡みたいな

ものなのだからと。


 街木くんにとって私は他に誰もいなくて選べない状況下で選んだ

相手ではない。


 選ばれたと思うほど思い上がってもいないけれど、やっぱり

私にとってこれまでになくうれしい出来事だった。


 しかも同性をすっとばして異性の友達だもの。


 いや、友達にまではまだ昇格してないかも。

 クラスメイトの言葉がしっくり来るよね。


 

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