第41話 Golden week 4

side雪 

 

 私が連れてきたのは大阪梅田駅の駅構内にあるコーヒーチェーン店。

 お昼時だがピークは過ぎていたため席は空いていた。


 窓側のカウンター席に二人で隣り合って座る。

「広行は何頼んだの?」

「えっと、トマトパスタ」

「へーおいしそう!後で一口ずつ交換しよ」

「うん、いいよ」

 ランチが運ばれてくるまで広行と駄弁ることにした。


 広行が何かを思い出した顔をして尋ねてくる。

「そういえば、雪は関東の大学に行くの?」

「え…………」

 彼の言葉に一瞬思考が停止するが、なんとか言葉を紡ぎだす。

「えっと、どうして知ってるの?」 

「書店で雪に話しかけたとき、東京の大学の赤本を何冊かカゴに入れていたのが見えたから」

 ああ、なるほど。広行に見えないように急いで棚に戻したつもりだったけどダメだったみたい。

 私は諦めて白状することにした。

「実は、さ。広行が来るちょっと前に、達也さんと話してたときのことなんだけど……」

「え、父さん?」

 広行が少しだけ目を丸くする。ちょっとかわいい。

 私は続ける。

「うん。広行のお父さんにね、『学費とか費用のことは気にしなくてもいいから、もし関西以外の大学を受けたかったら遠慮しなくていいよ』って言われたの。それまで関西以外の大学を選択肢に入れてなかったから、今最近いろいろ調べてるところ」

 …………あの人がそんなことを。

「へえ、具体的に気になる大学とかはあるの?」

「まだ定まってはいないけど、政治について学びたくて……」

「あー、確かにそれなら東京のほうが選択肢は多いかもね」

 広行はそう言いながら頷いた。

 彼は東京から引っ越してきたため関東圏の大学については私よりも詳しいだろう。

「広行はどうするの?大学」

 私が尋ねると、今度は広行の表情が固まる。

 ……あれ、聞かないほうがよかったのかな。

 話題を変えるべきかと考えていると、広行はうっすらとした笑顔を張り付けて答えた。

「さあ、どうしようかな。何も考えてないや」

 ……嘘だ。

 行きたい大学について何も考えてない人間が、わざわざ梅田まで来て参考書を選ぶわけがない。

 それに、広行だって大学の過去問集が並べられている棚の近くにいたのだ。大学受験に関してある程度は考えているはずだ。

 もしかしたら彼は遠回しに「言いたくない」と伝えたつもりなのかもしれない。

 しかし、嘘をつかれたことに不満を抱いた私は追及することにした。

「……本当に?」

 私が問うと彼の表情から笑みは消え、瞳は輝きを失い、目はスッと細められる。

 初めて見る彼のそんな表情に私は思わず身震いした。暑いわけでもないのに背中に汗が伝う。

 彼は私の方ではなく窓の外を見つめながらゆっくりと口を開いた。

「どうしても見下したい人がいてさ。そいつよりも偏差値の高い大学に行けたらそれだけで充分……だと思ってたんだよね。最近まで」

 小さく、鋭く、そして冷たい声音が響く。

 その瞬間、彼が抱える仄暗い闇のようなものを感じた。

 それと同時に、一つ疑問を抱いた。

 広行は今、『思ってた』と言った。ということは今はそうではないのだろうか。

 東京に住んでた頃によっぽど仲が悪かった人でもいたのだろうか。

 私があれこれと考えを巡らせているうちに広行の表情から険しさは消え、代わりに寂しげに笑みを浮かべた。

「……下らないよね。自分はどうしたいかなんて考えずに、他人のことばかり気にしてるんだからさ」


 

 


 

 

 

 

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姉弟のような兄妹 Natsu @daigyo

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