第40話 Golden week 3
五月四日 金曜日 午前
ゴールデンウィーク二日目ということで今日も学校はない。
せっかくなので、俺は一人で梅田に行くことにした。
『大阪梅田、大阪梅田、終点です。御降りの際、足元にご注意ください』
ドアが開くと同時にぞろぞろと人が降りる。自分もその流れに乗って車両から降りる。
出てすぐ目に入るのは、広々とした駅の構内。
阪急の大阪梅田駅は9番線まであるのだが、それらがすべて横一列にずらりと並んでいるため駅がとても広い。
人をかき分け、改札をくぐり、地下街に出る。
梅田には多くの鉄道会社の路線が連絡している。梅田周辺の地下街は日本の地下街の中でも最大級とも言われており、構造があまりに複雑であるため一部の観光客からは「梅田ダンジョン」とも呼ばれているそうだ。
幸いなことに今日の目的地はダンジョンを経由せずに済むので、迷うことはないだろう。
茶屋町口から出て少し歩くと、白くて高い建物が見えた。
「……でかいな」
この建物は7階まであり、地下も含めると8フロアある。
そんなに大きな建物の中が本で埋め尽くされていると思うと、ワクワクせざるを得ない。
まるでテーマパークに入るときのような気持ちで俺は書店に入った。
今日の目当ては主に参考書なのだが、折角なのですべてのフロアを回ってみた。
蔵書数では日本一を誇ると言われているだけあって、雑誌や一般文芸、ラノベだけでなく法学や医学の専門書まで幅広く揃えられている。
ほどほどに寄り道を楽しんだところで、参考書がある7階へ向かう。
英語や古文などの参考書を時間をかけて吟味した後、フロアの端まで進んだところで赤い壁が見える。正確には壁ではなく赤本が敷き詰められている棚だ。
その赤い壁のほうへ歩くと、よく見知った後ろ姿が視界に入った。
彼女は若干赤みを帯びたグレーのワンピースに身を纏い、艶やかな黒髪が肩甲骨にかかっている。
髪形や体型もそうだが、彼女の服装やバッグに既視感を覚える。恐らく雪だろう。
そういえば雪も今日は出かけると言っていた気がするが、様々な選択肢があったにも関わらずここで鉢合わせるとは。すごい偶然だ。
どうしようか。
彼女もわざわざ一人でここに来ていることを考えると、俺が話しかけたところで邪魔になるだけかもしれない。
けど、俺も赤本見たいんだけどな…………
あれこれ考えていると、不意に彼女が体の向きを180度変えた。
「「あ……」」
互いの視線がぶつかる。
そして彼女は買い物かごに入れていた赤本を慌てて元の棚に戻した。
今更気づかないフリをするするわけにもいかないので、雪のほうに近づく。
「偶然だね。雪も参考書見に来たの?」
「うん。『も』ってことは広行も?」
「まあ、そんなとこ」
血のつながりは全くないが、同じようなことを考えているあたり兄妹だなとつくづく思う。
「広行はこのあとどうするの?」
ふと腕時計に目をやると、時刻は11時半だった。
「特に何も考えてなかったな」
俺がそう答えると、雪はニッと笑みを浮かべる。
「じゃあ、一緒にショッピングでもしない?私案内するから」
今日のところは参考書さえ見れればいいと思っていたので他の場所についてのリサーチは特に何もしていなかった。
梅田周辺の土地感覚はあまり掴めていないため、むしろ俺にとってはありがたい提案だ。
「じゃあ、お願いしようかな」
「任されました!」
そんなわけで書店から駅のほうに戻り、今度はとあるファッションビルにやってきた。
フロアマップを見ると若者向けのブランドが多く、他にもタピオカ専門店やゲーセンなどもあり、本格的に学生をターゲットにしているのが分かる。
また、このビルの一番の特徴として真っ赤に染まった観覧車があり、有名なランドマークにもなっている。
中に入り、とりあえずいろんな店を回ることにした。
「あ、これとか広行に似合うんじゃない?着てみてよ」
「う、うん」
何故だろう、さっきから雪の着せ替え人形になっている気がする。
今まで無頓着だったわけではないが、東京に住んでいたときはあまり服にこだわりすぎないようにしていたので、こうやっていろんな服を着てみるのも新鮮だ。
雪に渡された服に着替えて、試着室のカーテンを開ける。
黒のフレアパンツにゆったりした水色の開襟シャツをタックイン。
ほどよくカジュアルな感じを出しつつも、色が落ち着いているためうるさくない。フレアパンツというと女性が着るイメージがあったが、最近はメンズコーデにも取り入れられているそうだ。
全体を見せるためにくるりと回ってみる。
「どう、かな」
「~~~っ!!」
雪は声にならない声をあげ、口元を両手で抑えた。大丈夫だろうか。
「あまり似合ってない?」
俺が尋ねると雪は首を横に激しく振る。
「そんなことないよ!むしろ想像以上に似合いすぎててビックリした」
「……そう」
そんなふうに褒められると少し恥ずかしいな。
思わず頭を掻いていると、雪が腕時計を見て口を開いた。
「あ、そろそろ1時だけどご飯どうする?」
もうそんな時間か。ショッピングに夢中で気づかなかった。
「どこか良さそうなとこ連れてってくれる?」
「うん!じゃあ行こっか」
そう言って雪は俺の手を取った。
「え、ちょ」
「ほら、行こう」
俺が戸惑っていることなんてお構いなしに雪は歩き始め、引きずられるように俺もついていく。
すれ違った女性たちがこちらを見ながら話しているのが聞こえてくる。
「あの二人、姉弟で買い物かな?」
「あーいう仲のいい姉弟ってうらやましいなー」
「わかるー、私もあんな弟欲しかったな」
……別に何も不満はないのだが、カップルには見えないのだろうか。
あと、やっぱり端から見たら俺が弟なんだな……少し複雑だ。
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