第39話 Golden week 2

 五月三日、ゴールデンウィーク初日。


 父さんも今日は仕事がないということで、岸田家と菊野家の四人で、梅田の某有名ホテルのビュッフェに来ていた。

 案内されたのは窓際の席。このレストランは高層階にあるため、そこから梅田のビル街などを一望できる。さすが高級ホテルというだけあって景色も素晴らしい。


「最近どうだ?」

 俺の真向かいに座っている父さんが話しかけてきた。ちなみに女性陣は先に料理を取りに行っているため席を外している。

「どう、とは?」

「新しい学校生活とかいろいろ」

「……まあ、学校は普通かな。テストはまだだけど授業にはついていけてるし」

 勉強はそこそこ頑張っているので、赤点を取ったりすることはないだろう。

「そうか。じゃあ家のほうは?」

 若干だが父さんの目が真剣な色を帯びる。おそらく本当に聞きたいのはそっちなのだろう。

 基本的に父さんは仕事から帰ってくるのが遅く、休日は俺がバイトに出ているため、最近は二人で話すことはほぼ全くなかった。

 きっとこういう機会でもないと話すことがないため、色々と気になるのかもしれない。

 俺が向こうにいたときも父さんは単身赴任で家を空けていたから話す機会が滅多にないのは今に始まったことではないが。

「真理さんも雪も優しいから、特に困ったことはないかな」

 実際、ここ最近は以前よりも快適に過ごせているのは間違いないし、精神衛生的に見れば随分と良くなったのは自分でも分かる。

 きっとそれも、あの二人が優しい人間だからなのだろう。

「ならよかった。確かに向こうにいたときに比べたらだいぶ表情が柔らかくなったようにも見えるしな」

「表情って、俺の?」

「他に誰がいるんだ。今は広行の話をしているんだぞ」

 そういって父さんは少し可笑しそうに笑った。

 表情か……自分ではよく分からないな。後で去年の自分の写真でも見てみようか。


「そういえば」

 俺がそんなことを考えていると、父さんが何かを思い出したかのように口を開いた。

「最近、バイトを始めたんだって?」

「ああ、一応」

「そうか、何か買いたいものでもあるのか?」

 つい先日にも雪に同じようなことを聞かれた気がする。

 バイトをする=欲しいものがあるという方程式は一般的なのだろうか。

 ……まあ間違ってはないけれど。それに、このことは父さんには伝えておかなければいけないだろう。

「夏休みに入ったら、少しの間向こうに戻ろうと思う」

 俺がそう言うと、父さんは少し難しい表情をする。

「…………そのためにバイトを始めたのか?」

「まあ、そんなとこ」

 さすがに贅沢はできないが、新幹線で往復して観光できるくらいにはお金は溜まっているはずだ。 

「戻るのは良いとして、何をするつもりだ?」

 東京に戻って何をするか。実のところ具体的なプランは何もない。

 それでも、何も根拠はないが、なんとなく戻らないといけない気がした。

 恐らくこのままだと、自分はいつまでたっても前を向くことができない。結希とのデートで海を見たときに実感したことだ。

「気持ちの整理をつけに行く」

「…………」

 父さんは何も言わず、じっと俺の顔を見る。

 恐らく俺の意図を理解したのだろう。

 

 不幸中の幸いというべきか、東京を離れる直前に友人たちに別れを告げることはでき、その時はもうやり残したことは何もないと思っていた。思い込んでいた。

 けれど、実際にそれで踏ん切りがついたかといわれれば、そうではなかった。

 直前まで両親が離婚することも引っ越しのことも伝えられず、心の中に区切りをつける暇もなく大阪へ連れてこられたのだから。

 父さんもそれは分かっているのか、反対はしてこない。もちろん、いい顔もされなかったわけだが。


 それからはお互いに口を開くことはない。気まずさを感じながらも窓の外の景色を見ていると、雪と真理さんが盛り付けられたお皿を手に戻ってきた。

「すみません、待たせちゃって。料理がどれも美味しそうで」

 真理さんがそう言うと、父さんは笑顔で返す。

「全然大丈夫だよ。それにしても、二人とも盛り付けが綺麗だね」

 目の前の三人がわいわいと話に花を咲かせる。

 その微笑ましい光景を見て、心が穏やかになる。まるで理想の家族像でも見せられているかのような気分だ。

 





 やはり、俺の居場所はここではない。





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