第36話 Date 3

「ここが神戸か」

 駅から出ると百貨店やビル群が目に入る。他の鉄道会社の駅も近いため、多くの人が行き交っている。

 やっぱり、自分は少しくらい騒がしいところのほうが落ち着くな。

「広行君は神戸は初めてだっけ?」

 隣に並んだ結希が問いかけてくる。

 俺が覚えている限りでは来たことはない。そもそも東京から出ること自体あまりなかった。

「たぶん、そのはず」

 俺がそう答えると結希は笑みを浮かべた。

「そっか、じゃあ私がしっかり案内しないとね」

「ああ、よろしく」



 二人で言葉を交わしながら歩く。

「結希は神戸が好きなの?」

 確かに神戸はショッピングやグルメを楽しむのにうってつけの場所ではあるが、おそらく大阪の学生なら交通時間的な面でも梅田を選ぶはずだ。

「ああ、言ってなかったっけ?私小学校に入るまで神戸に住んでたんだよね」

「そうなんだ」

 なるほどな。じゃあ少なからず思い入れもあるだろう。

 それに結希はどこかウキウキした様子だ。

「神戸は良いよ。美味しいものがたくさんあるし、海も見れるしね」

「…………海」

 海か……見てみたい気もする。

「ふふっ」

 結希がくすりと笑った。

「どうかした?」

「いや、広行君の目がメッチャ輝いてたからさ。君もそんな顔をするんだなと思っ

て」

「え」

 そんな顔と言われてもな。自分の表情とか意識しないし。

「俺って普段はどんな顔してるの?」

「えー、なんか疲れきったような諦めたような顔……かな?」

「……悪口?」

「いやそうじゃなくて!まあ、新しい環境に来て色々疲れてるんじゃないの?」

「疲れか……まあ、そうなんだろうな」

 自分では自覚していないだけで、気づかぬうちにいろんな場面でストレスは溜まっているのかもしれない。

「広行君もせっかくここまで来たんだからリフレッシュできるといいね……あ、着いたよ」


 結希の目線の先を見ると、赤を基調とした立派な門が見える。

 そして近づくにつれて食欲を刺激される香りが漂ってくる。

「ここが南京町か」

 南京町。日本三大中華街の一つとして有名だ。

 あたりを見渡すと肉まんなどの中華料理からタピオカまで様々な露店が並んでいる。

「で、今日のプランは?」

「んーとりあえず、タピオカとかタピオカとかタピオカとか……」

「どんだけタピオカに飢えてんだよ」

 俺が突っ込むと結希はてへへと笑った。

「とりあえず歩いて、食べたいものがあったら買うって感じで」

「了解」

 時計を見るとちょうど三時くらいだった。

 まあ、たくさんは無理だろうが小腹満たし程度になら食べれるだろう。


 とりあえず何があるかを確かめるために一通り見て回ることにした。

「懐かしいなー」

 結希が辺りを見回しながらそうつぶやく。

「結希はよく来るの?ここ」

「昔は家族でよく来てたかな。大阪に引っ越してからはあんまり行かなくなったけど」 

「家族と、ね」

 俺は家族とお出かけとかしたことがあっただろうか。

 恐らくあったはずだ。俺がまだ小さいころだが、あったのは確かだ。

 だけどうまく思い出せない。いや、思い出したくないのかもしれない。

 思い出そうとする度に、もう一人の自分が「やめとけ、今がつらくなるだけだ」と囁いてくる。

「広行君?」

 俺が考え込んでいると、隣の結希が心配そうに顔を覗き込んできた。

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」

「考え事?」

「いや、何食べようかなーって」

「あー確かにいろいろあるもんね」

 結希はそう言って笑みを浮かべた。何とか誤魔化せたようだ。

 とりあえず、今は楽しもう。



 それから一時間後。

 ときどき二人で分け合ったりしながら神戸牛コロッケや豚まん、角煮まん、小籠包などを食べた。

「どうする?他に食べたいのとかある?」

「い、いや、食べ物はもういいかな」

 俺は慌てて否定する。

 俺も食べ盛りな男子高校生なのでそれなりには食べるが、それ以上に結希の食べるペースが凄まじかった。

 お腹が少し重く感じるが、隣にいる彼女は全くしんどそうな様子を見せない。それどころか食べるたびに動きが軽やかになっている気さえする。

「じゃあ最後にタピオカだね」

「……おう」

 そうだった。完全に忘れてた。


 てかどんだけ食べるんだよ。

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