第35話 Date 2
昼過ぎ
昼食を食べ、最低限の身支度をした。
駅でぼーっとしながら突っ立っていると、後ろから肩を叩かれる。
振り返ると、スキニージーンズに白のトップス、そしてベージュのロングカーデを羽織った結希がいた。服装はシンプルだが、その分陸上で鍛えられたスタイルの良さが引き立っていた。
「おまたせ、待った?」
「いや、今来たところ」
俺がそういうと結希は口角をあげた。
「一回こういうのやってみたかったんだよねー」
「そうですか」
まあ満足しているようで何より。
「じゃ、いこっか」
今回は結希が先導してくれるそうなので、俺は今日一日は結希のあとに続く形となるのだろう。
こっちに引っ越してきてからまだ一度も遊びに出かけてないので楽しみだ。
マルーンカラーの電車に乗り、結希と並んで座る。
「いやー、座れてよかったね」
「そうだね」
周りを見ると家族連れやカップルが多く、日曜日らしい風景だ。
ガタンゴトン、ガタンゴトンという音とともに少し揺られる。
しばらくそうしていると結希が口を開いた。
「昨日言い忘れちゃったけど、立川先輩の件、ありがとね」
「どういたしまして。先輩から何か連絡はあった?」
「うん、昨日広行君と電話して、少ししてから先輩から電話が来たよ」
それを聞いて少し安心した。
結希は続ける。
「でね、ちゃんと謝ってもらって、なんで私にあんなことをしたのかも全部、聞いた」
「……そう」
一体そのとき結希はどのような気持ちだったのだろうか。
中学時代から同じ部活の先輩であった彼に対してどう思ったのだろうか。
俺のしたことは正しかったのだろうか。
「実は、さ」
結希は少し躊躇いながら話す。
「立川先輩って分かった時に、あんまり驚かなかったんだよね」
「何か心当たりがあったの?」
「……私ってさ、結構でしゃばるタイプだから部活で仕切ったりするポジションなんだけど、立川先輩はどっちかっていうと静かなんだよね」
「ああ」
俺も一週間ほど陸上部にはいたが、立川先輩が積極的にみんなに呼び掛けてるところは見なかったかもしれない。
「先輩からしたら私は邪魔だったのかもしれない。私がいなければ自分はもっと部長らしく振舞えたのにって思ってたのかもね。あと、リーダー感っていうの?そういうのがないから一部の子からは舐められてたし、それもストレスだったのかも」
確かにこないだ買出しに行ったときに、他のマネージャーたちも立川先輩のことをあまりよく思ってなかった感じだったな。
「……結希がいなくとも大して変わらなかったと思う。あの人は」
結希が小さく首をかしげる。
「そうかな?」
結希じゃなくとも、他にカリスマ性を有する人がいたらその人が妬みの対象になるだけだろう。
どの分野においても、どの集団においても、その中で際立って優れた人間というものは存在する。もしトップが退いてもまた他の誰かがトップになる。
自分がトップになりたいと思うことはいい。だが、自分がその座に繰り上げられるまで他者を排除するのは結果的には遠回りだし、生産性がない。
「まあ、結希は今までどおり振舞えばいいよ」
俺がそういうと結希の表情が少し和らいだ気がした。
「そうだね、今更変えられるものでもないしね」
乗り換えのために十三駅で降りる、あと一駅で梅田だが今日の目的地はそこじゃない。
「そういえばさ」
結希が何かを思い出したようだ。
「妹の件は聞いてたけど、なんで立川先輩って分かったの?」
……大した理由じゃないんだけどな。
「先輩の前で結希の話をしたときに、一瞬だけ先輩が不快そうな表情をしてたから。そのときになんとなく結希のこと嫌いなんだなって分かったんだよ」
結希は訝しげな表情をする。
「そんなんで分かるもんなの?」
「まあ、なんというか、分かっちゃったしな」
立川先輩も表情に出ないように気を遣ってはいただろう。
けど、身近な人間に嫌というほど怒りや憎しみの表情を向けられてきた俺には分かった。
あの時の先輩の眉の動きが、瞼の動きが、口角の動きが、アイツのそれとそっくりだった。
そして俺の経験則が彼の注意力を上回った。それだけだ。
「ふーん……」
結希はあまり納得していないようだが、それ以上追及してくることはなかった。
そうこうしていると電車が来た。その色はやっぱりマルーンカラーだ。
また数十分、電車に揺られる。
「広行君、次だよ」
結希に声をかけられる。
「わかった」
電車の速度が段々と下がっていく。
やがて車掌アナウンスが入る。
『
さて、神戸とはどんなところなのだろうか。楽しみだ。
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