第34話 Date 1

 先輩との一悶着を終え、寄り道せず家に帰った。

 そして俺は昨日と同じく結希に電話をかけた。

『もしもし?』

 スピーカー越しに彼女の声が聞こえる。

「もしもし、今ちょっと話せる?」

『うん、大丈夫だけど』

 俺は一呼吸してから告げる。

「……結希に嫌がらせしてた人、分かったよ」

『え…………』

 電話越しに驚いているのが伝わってくる。

「話もつけて、結希に謝るように言っといたから。たぶん今日明日くらいに電話来ると思う」

 動画の件があるから向こうも無視はできないだろう。

『結局……誰なの?』

 彼女の声からは真剣さが伝わってくる。

 まあ、そりゃ気になるよな。

「知りたい?」

『うん。あ、でも待って、心の準備が……ちょっと深呼吸させて』

「分かった」

『スー……ハー……』

 スピーカーから深い呼吸音が聞こえてくる。

『よし、もう大丈夫。教えて』

 俺は前置きをせずその名を伝える。

「立川先輩だよ」

『…………』

 無言だ。彼女の呼吸だけが微かに聞こえる。


 10秒ほど沈黙が続いただろうか。

 何か言おうかと考えていたが、先に沈黙を破ったのは結希の方だった。

『……そっか…………そうなん、だね』

 その声音からは諦めや落胆、安堵などが感じられた。

『ひょっとしたら、とは思ってたんだけど……そっか、立川先輩かあ……はは』

 結希が明るく振舞おうと努めているのが伝わってくる。しかし、段々と声のトーンが下がっていた。

「…………あとふたつ話さなきゃいけないことがあるんだけど……また今度」

 俺がそう言いかけたところで遮られる。

『いいよ。今、話して』

 彼女の声には力がこもっていた。

「……まず一つ、もし結希が望むなら立川先輩を退部させることもできると思う」

『それは……一体どうやって?』

 ……流石に先輩に殴られたことは伏せておこう。

「まあ、いろいろあって、証拠を手に入れたからさ……嫌な言い方だけど、それを使えば脅すこともできるはず」

 もしあの動画が学校側に渡り今回の件が明るみに出れば、先輩には重い処分が下るはず。

 仮に退学や停学を免れたとしても、今までのように部活動をすることはもちろん、推薦やAOでの大学進学の道も閉ざされるだろう。マネージャーへの暴力と後輩への嫌がらせ。これらの罪は重い。

 ただ、結希がそこまで踏みきるかはまた別問題だが。

「それに関しては急いで決めなくてもいいと思う。それで、もうひとつの話っていうのがさ…………こないだ俺が妹ちゃん助けたの覚えてる?」

『うん、その件はほんとに感謝してる』

「……あれも立川先輩の仕業だったらしい」

『…………え?』

 電話越しに間の抜けた声が聞こえてきた。今度は結希も予想ができてなかったのだろう。


 結希との通話はしばらく続いた。



 


翌日、日曜日。


 俺は自分の部屋で黙々と勉強に取り組んでいた。ここ数日は陸上部のマネージャ

ー業務のせいで普段よりも勉強時間が減っていたので、ここでその分を取り返したかった。

 ちなみに昨日の下校前に、顧問の先生にマネージャーを辞めることも伝えてきた。向こうはなんとか引き留めようとしてきたが、そもそも長期間続ける気もなかったので俺の気持ちが変わることもなかった。

「……とりあえずこれでいいか」 

 切りのいいところでいったん机から離れ、伸びをする。

 時計を見ると11時を過ぎていた。

 最低限やるべきことはもう済んでいる。今日はどう過ごそうか。


 そんなことを考えていると、スマホのバイブレーションが鳴った。

 結希から電話が来ている。先輩の件だろうか。

 画面をスワイプして電話に出る。

「もしもし」

『あ、もしもし。今話せる?』

「うん、大丈夫」

 心なしか昨日よりも結希の声が明るく感じる。

『広行君、今日は何か予定ある?』

「予定?いや、ないけど」

 強いていうならこの一週間の疲れを癒すことだろうか。

『じゃあさ、この後私とデートしない?』

 ……………………

「…………はい?」

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