第31話 Conviction

「ただいま」

 家に帰ってリビングに入ると、雪がソファーで横になって寝ていた。彼女の服装は制服のままで、床に荷物を置きっぱなしにしている。

 少し休みたくて座ったらそのまま寝てしまったのだろう。

 起こそうと思ったがとても気持ちよさそうに寝ていたので、もう少しだけ寝かしておいてあげよう。

 そういえば真理さんは帰りが遅くなるとかいってたっけ。父さんはいつものように帰るのは遅いだろうから、今日は俺が晩御飯を作らなければならない。

 俺は今日の献立を考えながら自分の部屋に向かった。

 冷蔵庫を開けると、卵と鶏肉と玉ねぎがあったのでオムライスを作ることにした。

 材料を切り、フライパンにバターを溶かしてから鶏肉、玉ねぎ、ご飯を入れる。

 ジュ~と音が鳴り、さすがのこの音で起きただろうと思って雪のほうを見ると依然ぐっすりと寝ていた。疲れているのだろうか。

 俺は再びオムライス作りに取り掛かった。ケチャップをご飯に混ぜ、別の皿に移す。そして卵を入れてその上にライスを乗っけて包み込む。とりあえず一つ目はできた。

 もう一度卵を入れる前に雪のもとへ向かう。

「雪、そろそろ起きて」

「スー…………」

 ソファーに近づき、声をかけるも起きない。

 仕方がないので雪のシャープな輪郭の頬に指を軽く沈みこませた。

「んっ……」

 すると雪は少し色っぽい声を出し、二重のアーモンドアイが開いた。

「おはよう。ご飯できたよ」

 俺がそう言うと雪は体を起こし、伸びをしながらをあくびをした。

「ふぁあ~……今何時?」

「七時半くらい」

 雪は目を見開いた。

「……私もしかして寝てた?」

「うん、熟睡してた」

「どうしよう、英語の課題終わってない!」

 英語の課題……確か、明日提出の和訳のレポートか。今回は2000ワードくらいの

英文だったから少ししんどかったな。

「ちなみにどれくらい残ってるの?」

「一割ちょい……」

「なんだ、すぐ終わるじゃん」

「……しかやってない」

「おい」

 漫才をさせるな。

 というか正直意外だ。雪は授業中は真面目だし、町田さん曰く成績優秀らしいので課題とかは早めに終わらせるタイプの人間だと思ってた。

「どうしよう、夜更かしはしたくないけど課題は終わらせないといけないし、仮入部の子向けのメニューも考えないといけないし……」

 雪は顔を青白くさせながらブツブツと呪文のように呟いている。

「とりあえずご飯食べよう? 英語の課題は俺がやったの見せてあげるから」

 雪は目を丸くした。

「え……いいの?」

「俺のでよければ。てか荷物かたずけて着替えてきたら? もうすぐできるから」

「うん……ありがと」

 雪はそう言うと、慌ただしく部屋へ駆けていった。




「ごちそうさま!」

 雪は非常に満足そうな表情をしている。

「お粗末さま。美味しそうに食べるね」

「だってとても美味しかったもん!」

「……そう」

 ついむず痒くなって顔を逸らしてしまった。まあ作った身としては嬉しいけど。

「じゃあお皿は私が洗うね」

「俺も手伝うよ」

「いや、でもご飯作ってもらったし……」

「二人でやればもっと早く終わるんじゃない?」

 俺はこの前言われたことをそのまま返した。

「ふふ。じゃあ食器拭くのお願い」

「分かった」



 

 二人で食器をかたずけた後、雪の部屋で英語の課題に取り掛かった。といっても俺のやったやつを見せるだけなんだが。

「ねえ広行、ここの訳ってどうしてこうなるの?」

「えっと……そのwhichの節は一番手前の主語にかかってるから……」

「あ、確かにそれなら上手く訳せる!」



 そんな感じで一時間が過ぎた。

「終わったー! 」

 雪はとても晴れやかな表情をしながら肩を伸ばした。

「良かったな」

「広行のおかげだよ。英語得意なんだね」

「他の科目に比べたらね。雪は何が得意なの?」

「う~ん、全部そこそこって感じかな」

「へえ」

 少なくとも俺みたいに得意不得意の差が激しいタイプよりは受験では有利だろうな。どこを受けるかにもよるが。

 ふと時計を見れば九時半を過ぎていた。そろそろ俺も自分の勉強をしないと。

「じゃあ俺部屋に戻るから」

「うん。ありがとね!」

 雪はそう言って笑った。

 普通の兄妹ってこんな感じなんだろうか。それともここまで仲が良くないのだろうか。俺にはよく分からないが間違ってはいないはずだ。


 部屋を出ようとしたところで、一つ気になったことを聞いてみる。

「そういえば、陸上部の立川先輩ってわかる?」

「うん。同じ中学だったし知ってるけど」

「あの人って宣里山の近くに住んでるっけ?」 

「いや、宣里山ではないかな。駅で言うと関大前かんだいまえの方が近いんじゃないかな」

「…………」

「広行?」

「あ、ごめん。ちょっと考え込んでた。教えてくれてありがとう」

 俺はそう言って雪の部屋を出た。

 自分の部屋に戻ってから結希に電話をかけた。

 三度目でコールは止まった。

「もしもし、今大丈夫?」

『大丈夫だけど。どうしたの?』

「陸上部の件で聞きたいことがある」

『……あぁ、なるほどね。それで聞きたいことって?』

「結希は陸上部の人に俺のことを話した覚えはある?」

『いや、ないんじゃないかな。逆に陸部の子からは広行君の話をされるけど』

 ……誰が俺のことをどう思ってるのか気になるところではあるが、今はそれは重要じゃない。

「じゃあもう一つ。陸上部で結希と同じ中学校の人って何人いる?」

『えー……っと、立川先輩くらいじゃないかな』

「そっか。いきなり夜に電話かけて悪かった。おやすみ」

『全然気にしてないよ。おやすみ』

 通話はそこで終わった。


 さて、俺が部活に行くのはおそらく明日で最後になるだろう。

 あの地獄のマネージャー業務から解放されると思うと嬉しくて仕方がない。

 昂る気持ちを紛らわせるため、寝る前にとりあえず勉強でもすることにした。

 



 





 





 

 


 

 

 



 

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