第29話 Gossip

 町田さんの誘いに乗った俺が連れてこられたのは、駅構内にあるカフェだった。

 二人で向かい合う形で座り、互いにコーヒーを口にしながら会話をする。

 話の内容はもちろん、例の結希の件についてだ。

「普通にさ、立川先輩ってカッコいいじゃん?」

「そうだね」

 俺は傍目からしか立川先輩を見てないが、確かに容姿は整っていた。今風の草食系男子という感じだった。

「だから女子の間では人気高いんだけどさー、あの先輩に関する色恋話とか全く聞いたことないんだよねー」

「へー、そうなんだ」

 人気があるのに女性の影がないということは、単にそういうことに興味がないのか、それとも巧妙に隠しているのか。

「······けど、先輩とそこそこ仲の良い女子が一人いてさ」

「それが速水さん?」

 俺が尋ねると町田さんは首を縦に振った。

 ······なるほど、大局的には結希の言っていた通りかもしれない。

「ふーん······じゃあもしかしたら一部の女子と速水さんの間でなにかあったのかな」

「かもねー」

 彼女も俺と同じように考えているのだろう。

 ただ問題はここからだ。

 嫌がらせの犯人を、立川先輩を慕う人、もしくは人たちだと仮定して、それが誰であるかを知る必要があるのだが······はたして町田さんが教えてくれるだろうか。

 それに、町田さんが犯人である可能性もあるのだ。

「町田さんだったら、見た感じで誰が立川先輩のこと好きなのかとか分かっちゃうの?」

 きっと町田さんなら知っているだろう。

 だが町田さんから帰ってきた答えは、俺の予想していたものとは異なっていた。

「それがさー、まったくわっかんないんだよねー」

「············え?」

 あれ、マジで?

 部活の中でもいろんな人と喋っていた町田さんなら知っていると思っていたのだが、アテが外れた。

「ウチの陸上部ってさー、みんな結構意識高めだから、そもそもあんまりそういう恋バナとか聞かないんだよねー」

「そう······なんだ」

 犯人は陸上部の部員だと見切りをつけていたが、そもそもそれが間違っているの

かもしれないという事実に、ショックを隠せなかった。

 一体どうすれば······

 そうこう頭を回転させていると、町田さんが話題を変えてきた。

「あ、そうそう! ひとつ聞きたいんだけどさ」

「うん、何?」

 とりあえず今はコーヒーを飲みながら町田さんの話を聞くことにした。

「菊野くんってさ、岸田さんと付き合ってるの?」

「ゴフォッ」

 いきなりそんな質問が飛んできたので驚いてむせてしまった。

「だ······大丈夫?」

「ご、ごめん············それよりも、俺とゆ······岸田さんが付き合ってるってのはどうい

うこと?」

 あぶない、いつもの癖で名前で呼ぶところだった。

「なんかー、『菊野っていう転校生が初日から岸田さんとメッチャ仲良さげに話してる』、って聞いたから気になって」

「いや、同じ委員会だし、仲良く話すことくらい別に珍しいことじゃ······」

「え、知らないの? 岸田さんって男子へのガード固いんだよ?」

「そうなの?」

 それは初めて聞いた。けど確かに言われてみれば、雪が他の男子と話しているところをほとんど見てない気がする。

「ていうか、岸田さんってそんなに有名なの?」

 俺が尋ねると町田さんは少し興奮した様子で捲し立てる。

「そりゃもちろん! 修裕で岸田さんっていったら剣道部の代名詞みたいなもんだし、加えて成績優秀なクール美人とかもう最強でしょ!」

「お、おう············」

 とりあえず町田さんの雪に対する愛は伝わってきた。

 ただ、家の中での『妹』としての雪しか知らないので、クール美人というワードにはやや違和感が残るが······でも俺も初めて雪と会ったときの第一印象は似たような感じだった気がする。

「私の知る限りじゃ、去年は月に二回くらいのペースで告られてたし、フリかたも結構ドライだったらしいよ」

「うわあ、可哀想······」

「ねー、フラれた側からしたらキッツいよねー」

 ……可哀想なのは、そんなペースで告られて他人の肴にされている雪のほうなのだが。



 それから30分ほど、とりとめのない話をしてから店を出たところで別れた。

 結論からいうと結希の件に関しては大した情報は得られなかった。

 これからの作戦を練りながらホームで立っていると、誰かに後ろから肩をつつかれた。

 振り向くと、黒髪ロングの美女が笑みを浮かべて立っていた。雪だ。

「ああ、雪か。お疲れさ……どうしたの?」

 雪の表情は笑みを浮かべたまま全く動かない。そして顔は笑っているのだが目が笑ってなかった。

「…………」

「えっと……雪さん?」

 俺が困惑していると雪はようやく口を開いた。

「……結局陸上部のマネージャーになったんだね」

「ああ、あれは結希の……」

 俺は雪に事情を説明しようとした。

「ふーん、じゃあ女の子とカフェでデートすることが結希の件とどう関わってるのか教えてよ」

 ……どこから見られていたのだろう。あと雪の目が怖い。

「あれは陸上部の町田さんに話を聞いてただけで……」

「へー、早速部員に手を出したんだ。広行ってそんな人だったんだ」

「人聞きの悪いことを言うな! だから……」

「しかも随分と楽しそうだったね。どういう関係なの?」

 ……なんだこれ。


 家に着くまで疑惑が晴れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る