第28話 Act
「さて、どうしたものか······」
その日の夜、シャワーを済ませた俺はベッドに仰向けになりながら考え事をしていた。考え事とはもちろん結希の件である。
きっと犯人は陸上部の中にいる。
雪から話を聞いた時点で俺は確信していた。
理由はいくつかあるが、強力なのを挙げるならば、まず一つは、この学校のスポーツ科は普通科とは少し離れたところに教室があり、人員の変動も滅多にないことからコミュニティが閉鎖的であること。この時点で、犯人はスポーツ科の人間に絞ることができる。
二つ目は、嫌がらせが陸上部内で起きていること。また、ちょうど結希がスランプに陥っているときを狙って手紙が出されたこと。特に後者は、日頃から結希の様子を見ていない限りできないだろう。
とまあ色々しゃべったが、それくらいは当事者である結希も既に気づいているはずだ。だからこそ彼女は、陸上部の人間にこのことを話さなかった。犯人がどこで聞いているのかもわからないのなら、賢明な判断だと思う。
問題はどうやって犯人を特定するかだ。結希から部員について一人ずつ関係性を聞くことはできるが、あまりアテにすることができない。
となると俺が直接陸上部に接近するしかないのだが······
「············」
そういえば一つだけ、自然に陸上部のコミュニティに接近し、情報を得られる方法があった。
ただ妹が何かしらの文句を言ってくるかもしれないが、この際は仕方ない。
大まかなプランを立て終えたので、俺はいつものように、少しだけ英単語帳を読んでから寝た。
4月11日、放課後
俺はジャージ姿でグラウンドに立っていた。目の前には練習着に身を包んだ部員が、ガタイの良い40代くらいの男性のもとに集まっていた。
「えー、今日から数日間、マネージャーの見学として“彼”が加わる。自己紹介を」
顧問に促された俺は僅かに笑みを浮かべ、いつもよりもちょっと高めのトーンで話した。
「はい。今年度から転校してきた菊野と言います。少しでも役立てるように頑張りますので、よろしくお願いします」
言い終えると、小さく拍手する音や囁き声が響く。
『やった、マネージャーだって······』
『私話しかけてみようかな······』
そんなわけで、陸上部のマネージャーになった今日この頃。
もちろん、俺が本気でマネージャーになりたかったとか、そんなことは全くな
い。目的は例の犯人探しである。
とりあえずは部活内のコミュニティに入らなければいけないが、そのためにはある程度マネージャーとして働く必要がある。
······まあマネージャーといってもそこまでしんどくはないだろう。
そうやってタカを括ったことを後に後悔することになるとは、全くもって想定外だった。
午後5時半
「それじゃ、体調には気を付けるように。解散!」
顧問の掛け声に合わせ、部員たちは談笑したりストレッチなどをしながら散っていく。
「ハァ······ハァ············」
マネージャーの仕事を一言で表すならば、過酷だった。
タイムの計測からドリンクの配給、備品の整理などが主な内容だったのだが、部員が多い上に備品の数も尋常ではなかったため、休む間もなかった。
おかげで立川先輩の外見は分かったが、話しかける余裕が無かった。
肩で息をし、グラウンドを後にしようとしたところで声をかけられる。
「菊野君、すごい頑張ってたね」
振り返ると、髪をポニーテールでまとめた背の高い女子が近づいてきた。確か
「そう? まあ確かに思ってたよりもキツかったけど」
「あはは、ウチの陸上部はみんなマジだからねー」
彼女は笑いながら俺の隣を歩く。
町田さんなら結希のことに関して何か知っているかもしれない。
「そういえばさ」
「ん?」
「······今日は速水さんは練習来てなかったけど、体調悪いのかな」
何も知らない振りをして、質問してみる。
町田さんは一瞬だけ驚いたような表情を見せ、やがて少し慎重な面持ちで口を開いた。
「······まあ体調不良っていうよりかは、精神的な問題かな······」
「へぇ、何かいじめとかにでも遭ったの?」
普通なら、初対面の人間にここまで踏み込むのは良くないかもしれない。だがで
きるだけ早く情報を得たいのもまた事実。だから鬱陶しがられる寸前のところで賭けに出る。
「うーん、私も本人から直接は何も聞いてないから確かなことは言えないけど············立川先輩って分かる?」
よし来た。
「えーっと、部長だよね。 たしか短距離専門だったっけ」
「そうそう、でまあ······ちょっとその先輩のことでいろいろあって……」
町田さんは少し言いづらそうな様子だ。さすがに出会ったばかりの人間に話すのには抵抗があるのだろう。
今日のところは諦めようか。
そう思っていた矢先、
「菊野君······これから時間ある?」
町田さんが少し緊張した様子で尋ねてきた。
「うん、特に何も用事はないかな」
俺がそう返すと、町田さんの表情が明るくなった。
「じゃあ······これからお茶しない?」
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