第27話 His reason
「実はさ……俺はここに来るまでは弟だったんだ」
それを聞いて結希はやや慎重に尋ねてくる。
「それって、前の家族のこと?」
「うん、俺には兄がいたんだ」
***
親が離婚するまで俺には年の離れた兄がいた。まあアイツを一言で表すならば『悪魔』という表現が最も適切なのだと思う。
そいつは毎日のように俺を痛めつけてきた。小さい頃はあまり酷いことはされなかったが、成長するにつれ、俺が丈夫になっていくにつれ、あいつの家庭内暴力は激化していった。
何が厄介かというと、あいつの暴力のほとんどは肉体的なものでなく、精神的に痛めつける類いのものであることだ。
肉体的でないならまだマシ、そう思う人も少なくはないだろう。
だが実際にやられた側として、俺個人に限って言わせてもらうならば、精神的に痛めつけられるほうがよっぽど辛かった。肉体的な痛みと違い、精神的な痛みというのは治りづらいからやっかいだ。
家に帰ると自分の部屋が荒らされてゴミを撒き散らされていたり、テーブルの上に置いていた眼鏡が叩き壊されていたり、靴が外に放られていたり、ダイニングテーブルで俺の椅子だけ倒されていたり、どれも陰湿なものばかりだった。
特に後半なんてほぼ毎日のようにやられていた。
ここまで聞いて、ただのよくある兄弟喧嘩じゃないか、と思う人へ補足させてもらうが、俺は一度たりとも兄に迷惑をかけたことなどなかった。
つまりそれは、相互的な『兄弟喧嘩』なんていう可愛らしいものではなく、一方的な『いじめ』に過ぎない。なぜなら俺はそもそも攻撃なんてしていないのだから。
……とまあ、ここまで長々と喋ってしまったが、要するに俺は兄から一方的にいじめられていた。
やがて精神的に疲弊し、麻痺していくなかである日ふと思った。
『もしも、自分に弟か妹がいたらどうなっていたのだろうか』
そして今、学年は同じと言えど『妹』ができた。
初めて雪と会ったとき、俺は決意した。
一人の『兄』として『
***
「まあ要は、俺はアイツとは違うんだってことを証明したい。それだけなんだ」
「…………」
結希は黙ったまま下を向いている。
「だから、俺が結希を助けるのは雪のため、そして俺のためでもある」
……そう、これは単なる慈善じゃない。どんな行為も突き詰めれば最後にたどり着くのは自分の欲望である。
彼女は顔を上げた。
「……じゃあさっき言ってた『妹のため』ってのはある意味本当だったんだ。ごめんね、疑っちゃって」
「別に気にしてない。俺も結希の立場だったら絶対に怪しんでる」
「ハハッ、自分で言っちゃうんだ」
彼女は少し可笑しそうに笑った。
「まあ、とりあえず俺なりにやれることはやってみるから、何か分かったら連絡するよ」
「うん、じゃあLINE教えて」
そう言って彼女はスマホを取り出した。今になって気付いたが、結希とはまだ交換してなかった。
「はい」
俺は画面にQRを映し、結希のスマホで読み込ませた。
そしてすぐに彼女のアカウントが表示された。
「ん、じゃあよろしくね」
「こちらこそ」
そしてスマホをポケットにしまうと同時に、玄関の扉が開いた。
「ただいまー……ってあれ、広行ちゃんだー」
そこにはランドセルを背負ったおさげの少女が立っている。結希の妹の楓ちゃんだ。
外で遊んできたのだろうか。首もとの汗を輝かせ、髪型も少し乱れていた。
……ていうか広行ちゃんってなんだよ。そんな呼ばれ方は初めてだ。別に嫌ではないけれども。
「おかえり、楓」
「……二人で何してたの?」
「え」
単刀直入に楓ちゃんが切り込んでくる。
その問いに結希は適当な返事を探そうと考え込んでいるが、なかなか思い付かないのか、小さく唸っていた。
代わりに答えてあげることにした。
「結希にいろいろと勉強を教えてもらってたんだよ」
結希も俺の言葉に合わせる。
「そうそう、二人で勉強してたの。ほら、早く手洗って、うがいしてきて」
「うん」
楓ちゃんはランドセルを下ろし、パタパタと走っていった。
時刻は6時前。いい頃合いだろう。
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「あ、うん。今日はありがと」
結希は明るい表情で返した。
靴を履き、扉に手を掛けたところで呼び止められた。
「ねえ」
「ん?」
振り返ると、結希が少し真剣な面持ちでこちらを見ていた。
「あまり無理しないでね」
その言葉を聞いて、俺は口角を上げて答えた。
「大丈夫、そんなに時間はかからないだろうし」
結希の不思議そうな表情を傍目に、俺は速水家を出た。
確証はないが、この手の問題なら自分に解決できるだろうと思っていた。
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