第26話 Hope
「さ、入って」
「……お邪魔します」
彼女にリビングまで案内された。
家の中はよく整理されており、床も綺麗であることからしっかりと手入れされていることが伺える。
「適当にくつろいでいいよ。私お茶ついでくるから」
「分かった」
そう言うと彼女は台所の方へ向かった。
リビングにはテレビとソファー、そしてカーペットが敷かれており、その上には小さめのテーブルが置かれていた。
カーペットに座るべきかとも思ったが、ソファーがあまりにも座り心地が良さそうなので、誘惑に負けて結局ソファーに腰を落とした。
……あぁ、これはすごい。ソファと一体化しそうだ。
そんな風にソファの座り心地に感動していると、ガラスコップを持った結希が戻ってきた。
「おまたせ。はい」
「ありがと」
お茶の入ったコップを受け取り、一口だけつけてからテーブルに置いた。
「お隣失礼……っと」
結希もソファに体を沈みこませて、息を吐いた。
そして顔をこちらの方に向け、口を開いた。
「さてと、私は何を話せばいいんだっけ」
「結希が今までされてきた嫌がらせとか心当たりとか、そんなところかな」
俺が答えると、結希は腕を組んで何かを思い出すようにやや目を細めながら語り始めた。
それから結希の話を聞いた。嫌がらせのの内容やエスカートの度合いについては、雪から聞いていたものと大体同じだった。
「一月からずっとそんな仕打ちを受け続けてよく今まで耐えられたな」
正直自分ならば学校に行きたくなくなるだろう。
「まあ、ね」
一つ疑問に思ったことを聞いてみる。
「なんで限界が来るまで誰にも相談しなかったんだ?」
「それは……」
数秒の間、沈黙が訪れる。
そしてゆっくりと口を開いた。
「……まあ、やった子が部員のなかにいるかもしれないから部活の友達にはそう簡単には言えないし、雪とか親にもあまり心配させたくなかったし、悲しませたくもなかったし……」
別に脅されているというわけではなさそうだ。
「なるほど」
「それでも結局、雪には少しだけ言っちゃったけどね」
彼女は少し自虐的に笑った。
結希の話を聞いていると共感できるところもある。親しい人に話せば心配させるかもしれないし、関係が浅い人に話すにも話が重い。
だが自分の経験上、耐え続けるにも限界はあるし、結局は誰かに打ち明けなければ最後には崩壊するのだ。
「……それは別にダメなことではないと思うけど」
「どうなんだろうね。よく分かんないや」
結希は少し諦めたような表情をして、下を向いた。
「……嫌だったら話さなくてもいいけど、嫌がらせを受けるようになった心当たりとかはある?」
俺が尋ねると、結希は力のない瞳をこちらに向けた。
「……それを広行くんに話してさ、何かが変わるのかな?」
「…………」
彼女は話しているうちに思ったのだろう。隣にいる男に話したとして状況が変わ
るのか、と。
そんな彼女の精神的に弱っていく姿は昔の誰かに似ている気がした。
「結希はどうしたい?」
「……どうって」
「陸上部に戻りたいのか、それとも戻りたくないのか、どっち?」
「……戻りたい。もう一回走りたい」
彼女に少しでも、ほんの僅かでも希望が残っているのならば、まだ終わっていない。
「だったら尚更、話してくれないと困る」
情報が無いと何もできない。
「なんで……」
俺は彼女の言葉の続きを遮るように答えた。
「嫌がらせの犯人を見つけて、やめさせて、結希に陸上部に戻ってもらうためだよ」
俺がそう言うと、彼女は目を真ん丸に開いた。
「……本気で言ってるの?」
「わざわざこんな冗談を言うためにここには来ない」
彼女は部活に復帰することを望んでいる。そのためには彼女が精神的に回復する必要がある。結局そうなると、根本的に解決するためには犯人を締め上げて彼女への攻撃を止めさせなければいけない。
「……あくまで私の想像だけど、それでも良いなら」
「うん、できるだけ話して」
彼女の目には先程よりも少しだけ力が籠っている気がした。
「陸上部の男子でね、
……おっと、失礼だが何となく展開が読めてきた。
「立川先輩は私と中学が同じで部活も陸上部で一緒だったから、それで私と仲がよくてさ」
「ほう」
「それでまあ……先輩って結構モテるからさ、もしかしたら先輩のこと好きな子から見たら面白くないのかもね。別に私はそんなつもりはないんだけどさ」
「あー……」
分かる。分かるよその気持ち。俺も去年までルックス抜群の幼馴染みのせいで色々と巻き込まれたから。
「わかった。とりあえず明日から犯人探しをするよ」
「それはありがたいんだけど、ホントにできるの?」
結希は少し心配そうな目を向けてくる。
「そう難しいことでもないと思う。帰宅部だから時間もあるし」
それに、犯人になれる人間も限られている。特定するのも時間の問題だ。あとはどうするか……
俺が考え込んでいると、結希が不思議そうな表情で聞いてきた。
「ねぇ……どうしてそこまでしてくれるの?」
どうして、と言われてもな。
「話せば少し長くなるけど」
それに、聞いたところで面白い話が出てくるわけでもない。
「いいよ、それでも」
彼女は少しだけ距離を詰めてきた。
「……雪とか他の人には絶対言わない?」
彼女は首を縦に振った。
……そうは言ったものの、どこから話せばいいのだろうか。
「実はさ……俺はここに来るまでは弟だったんだ」
最初からすべてを話すことにした。
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