第25話 Negotiation

 放課後


 結希を励ます、とはいったものの具体的に何か案があるわけでもない。それでも何かしら行動をしなければ始まらない。

 とりあえず俺は真っ先に教室を出て下駄箱へ向かった。

「どれだ……あ、これか」

 周りに人の目がないときを狙って、なんとか結希の下駄箱を見つけた。

 そっと開けてみるが、やや使い込まれた感じの黒のスニーカーしか入っていなか

った。

 どうやら今日は手紙とやらは入っていないようだ。

 彼女のことを思えば安心するところなのだが、何も進展が無いので俺としては少し複雑な心境ではあった。

 ため息を吐きつつ下駄箱をそっと閉めて、自分の下駄箱に向かった。

 俺は正門の前で結希を待つことにした。そして待つこと十数分。

「あれ、広行くんじゃん。どしたん?」

 校舎から出てきた結希に話しかけられた。心なしか以前会話したときよりも少し

やつれている気がした。

 ……少し気の毒だが、仕方ない。

「昨日、一昨日と随分と大変だったみたいだな」

 その言葉を聞くと同時に、結希の表情が強張った。

「雪がなんか言ってたの?」

 いつもより低めのトーンで尋ねてくる。

 俺が口を開こうとしたところで校舎からウジャウジャと生徒が出てきた。

「……とりあえずここだと人が来るから、帰りながら話そう」



 ……とは言ったものの、結局電車から出るまで一言も話すことはなかった。彼女は例の件についてあまり話したくないのか、俺と目を会わせようともしない。

 そしてお互いに無言のまま、彼女の住むベージュのマンションの前に来てしまった。……ていうか歩くの速すぎじゃない?

 今日のところは諦めようか、そう思った矢先に結希は立ち止まり、ようやく俺の方を向いた。

「……なんでここまでついてくんの?」

 少しあきれたような声色だった。

「なんでって…………かわいい妹のためかな」

「馬鹿にしてる?」

 彼女の視線が鋭さを増す。まあ流石に今のはちょっとふざけてたかもしれない。けど全く本心ではないかというと、そうでもない。

「まあ半分は本気だけど……そうだな、少し不謹慎な言い方でもいいなら、面白そうだから、かな」

 すると彼女は小さくため息を吐いた。

「……君ってそういう感じなんだね、なんだか意外かも」

 意外?どういうことだろう。

「へえ……もっと大人しくて、優しい人間だとでも思ってたの?」

「少なくとも雪は『優しくて、頼りになる』って言ってたけどね」

 ほう、雪がそんなことを。家族補正が掛かっているのか、それとも人を見る目がないのか。気になるところではあるが後回しだ。

「……まぁそれはまた今度聞くとして、そんなに俺には話したくない?」

 結希は険しい表情のまま口を開いた。

「言うメリットがないもん」

 なるほど、疲れているわりには冷静なようだ。そう簡単には口を割ってはくれない。

「多少はストレスが発散できるかもしれないし、今なら愚痴でもなんでも聞くけど」

 少し苦しい言い分になってしまったが、これで向こうが即座に切り上げようとしなければ後はこちらのものである。

「誰かに言いふらされても困るし」

 ……結構ガードが固い。こちらも多少のリスクは負うべきかもしれない。

「つまり、信用ができないってこと?」

「まあ……有り体にいえばそうかも」

「じゃあもしも俺が言いふらしたら、学校のやつらに俺と雪の関係をばらしてくれてもいいよ」

 ただそうすれば雪にも影響するので、長い付き合いである彼女にはそんなことは出来ないだろう。

 でも問題はない。要はこちらがいかに本気かを示せばいい。

「…………」

 結希が無言でこちらを見続ける。

 もしこれで駄目ならばどうしようもない。しかし彼女に少しでも、誰かに打ち明けて楽になりたいという欲があるならば、勝機はある。

 彼女がゆっくりと口を開く。

「よくわかんないけど必死なんだね。わかった、いいよ」

 よし来た。

 俺が一息ついていると、彼女はオートロックを開けてロビーに入った。

「今なら親もいないから、ウチで話そうよ」

 彼女はいたずら気に笑みを浮かべながらこちらを見ている。きっと俺のことを試しているのだろう。


 ……だが、幼馴染みとはいえ女子の部屋に入る機会は少なくはなかったので、この程度では動じない。……たぶん。

「それじゃお言葉に甘えて」

 俺も彼女に続いてドアをくぐった。

 結希はムスっとした表情をした。

「少しはキョドってくれないと、面白くないなー」

「残念でした」

 少しずつ軽口を交わしながら、速水家の部屋に向かった。

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