第23話 Social gathering
星野と一緒にカラオケに行くことにした。
道中、ポツポツと言葉を交わし合う。
「菊野は東京から来たんだよな」
「あぁ、そうだけど」
「やっぱり向こうとこっちじゃ雰囲気は違うん?」
雰囲気……といっても、地域によって大分差はあるので一概にこう、とは言えい。
「別にそこまで変わらないと思う」
ただ、テレビでとかで聞く関西弁よりも実際の関西弁は強さというかインパクトがあまりなくて驚いた。
「へー、まあそんなもんか?」
向こうから話しかけてもらってばかりなので、こちらからも話を振ってみる。
「そういえば今回のってどういう集まり?」
「うーん、ありがちだけど親睦を深める、的なやつ?」
まあ大体そんなところか。なんなら他に理由が見当たらない。
「俺一人だけ場違いな気がしないかな?」
カラオケに行きたいという欲につられて来てしまったが、冷静になるとやはりそこは気掛かりである。
「まあ大丈夫だろ、他のやつらもあまり面識は無いだろうし」
「なるほどな」
そして星野はニヤリと笑みを浮かべた。
「もし狙いたい女子がいたら早めに行っといた方が良いぜ」
狙いたい女子かぁ……正直な話、今は新しい生活のことで手一杯なので、そんなことを考える余裕はない。
「別にそういうの興味ないんだけど」
どこかの妹と同じようなことを言った。
「え~マジかよ?」
怪訝深そうな目で見てくる。
「マジだよ」
「……とか言っておいて?」
いや何も無いから、本当に。…………だからそんな何かを期待した目で見るな。
「あ、着いたぜ」
学校から近かったため、歩いて5分ほどで着いた。
中に入ると、男子と女子の集団が賑やかに談笑している。雪もその場に混じっていた。ただ、会話に飽きているのか表情が苦笑しているように見えなくもない。
「おーい、おまたせ!」
星野が声をかけながら近づいていく。
「お、来た来た」
「菊野くんも来てる~!」
星野に続いてその集団に紛れ込む。彼の言っていた通り他の人たちも今まであまり交流が無かったのか、アウェイ感はさほど感じられなかった。
「うわー、結構広いね!」
女子の一人が興奮しながら言った。彼女の言葉通り、8人なので部屋もその分大きめだ。
「とりあえず座ろうぜ」
「そだな」
他の男子が端から座り始めたので俺も適当に詰めるように座った。
「隣、良いかな?」
「うん、どうぞ」
俺の左隣に雪が来た。やがて女子の方も全員座ると、端っこの星野が口を開い
た。
「それじゃ、俺から時計回りで」
「オッケー」
他の人も特に異論は無いようなので、順番に歌い始めた。どうやら今日は星野が
この場をまとめてくれるようだ。自らクラス委員に立候補しただけあって、やはりそういうのは上手い。
やがて星野がマイクを持ち、曲が流れ始める。選んだ曲は今流行りのロック系統の曲だった。
あまり面識がない人たちとカラオケに行ったとき、最初に誰でも知ってそうな曲を選ぶのは結構大事である。それを実践している辺りこういう場には慣れているのだろう。
何となく学校でも感じていたが彼にはリーダー性やカリスマ性がある。その証拠にみんなも一緒に盛り上がって合いの手を叩いたりしていた。
最後のフレーズを終えると同時にパチパチと拍手が起きた。出だしとしては十分だっただろう。
そしてテニス部の男子二人も歌い終わり、マイクが俺に回ってきた。
知らない人たちの前で歌うのは緊張するが、余計なことを考えていても仕方がないので、とりあえず歌うことに集中しよう。
……そう、周りの人はみんな野菜だと思い込めば良い。
もはや親睦を深めるという目的を忘れるほどには緊張していた。
そして……
「……ハァ」
よし、歌いきった。ストレス発散のために何度も一人カラオケに行った甲斐があった。
達成感に包まれながら、ソファに体を沈めた。
「え、菊野くんメッチャうまいやん!」
「ほんとそれ!」
やがて驚嘆の声があがる。
「そう? ありがと」
どうやら上手く歌えていたようだ。周りが褒めてくるので少し照れくさい。
それを誤魔化すように、マイクを雪に渡そうと横を向いた。
「…………」
何故か雪がポカンとした状態で俺を見つめている。
……よく分からないがとりあえずマイクを回さねば。
「はい、次」
「あ、ありがと……」
俺が声をかけると、雪がハッとしてマイクを受け取った。
眠たいのだろうか。まぁ確かにカラオケとかのソファは座り心地がよいのできっとそのせいだろう。
Side.雪
2周目あたりから皆も緊張がほぐれてきたのか、声の勢いが増していた。
しかし、最初に比べるとまだマシだが、私は未だに緊張感が抜けきらなかった。
別にカラオケ自体は他の子に誘われていくこともあるし、自分で言うのもあれだけど歌には自信がある。
じゃあなんで緊張しっぱなしなのかというと……
今、私の右で歌っている少年。……そう、私の兄にしてクラスメイトの広行のせいだ。
今日まで知らなかったが彼は歌が上手い……いや、もはやそんなありふれた言葉で形容するのもおこがましくなるほどのレベルなのだ。
野球で例えるならば高校野球とメジャーリーガーとでも言えば良いのだろうか。とにかく私たちとは決定的に何かが違うのだ。そんなプロみたいなレベルの人が自分の横で歌っている。
もちろん、原因はこれだけではない。
「ふぅ……まあまあってとこかな。はい、マイク……」
そして彼は歌い終えた瞬間、とびきり爽やかな笑顔で私の方を振り向いた。
これだ。これなのだ。もちろん彼も今では私に様々な表情を見せてくれるようになったが、こんな表情は見たことがなかった。
そんな彼の表情についつい見とれてしまうというか、なんというか…………要するに、どストライクなのだ。現に他の女子も広行のほうに視線が固定されてしまっている。
そんなものを見せられた直後にまともに歌えるわけがないのだ。
Side. 広行
歌いはじめて二時間半くらいだろうか。星野の提案で雑談タイムに入った。
目の前では、それぞれの部活や勉強、人間関係などについて話し合っていた。
そして、お喋り好きな黒髪ベリーショートの女子、軽音楽部の
「そーいえば、菊野くんと雪ちゃんと速水さんが一緒に歩いてたって聞いたけどマジ?」
……とうとう来たか。
どこかでこの質問がとんでくるだろうと踏んではいた。隣の雪を横目で一瞥すると、少し気まずそうな顔をしていた。ここで下手なことを言うと、今後ネタにされかねないので、気をつけなければいけない。
まあ、来る前にどう言い訳するかは考えていたので問題はない。
幸か不幸か同じクラスで、出席番号も前後で、尚且つ委員会も一緒なのだ。当初の予定とは違うがこれだけの条件が揃っているならば、多少は距離感を縮めても不自然でもない。
だから作り話はせず、ただ事実を述べた。
「ああ、来るときに一緒に歩いたよ」
雪が少し不安そうな目でこちらを見る。対照的に、前園さんは喰いついてきた。
「え!? じゃあ三人てどういう関係なん?」
俺は考えていた通りの言葉を返す。
「……実は俺の家が岸田さんと速水さんちの近くでさ」
なんなら雪とは一つ屋根の下である。
「俺の親が岸田さんの親と意気投合したらしくて。だからそんな感じで春休みには岸田さんと面識があったし、その繋がりで速水さんも紹介してもらったってだけ」
そう、何も嘘はついてない。まあちょっとだけ過程をすっ飛ばしたが全て事実だ。
前園さんは納得したように返す。
「なるほどねー、そうだったんだ」
……とりあえず誤解させることはなかったので、概ね上手くいったはずだ。
それに、この手のタイプの人は勝手に周りに情報を流してくれるので、周りの人も俺たちの関係について邪推をすることはないだろう。
カラオケを楽しみつつ火の種は潰していく、という目的を達成できたのでとりあえずは満足だ。
時計を見る。もう少しで部屋に入ってから三時間が経とうとしていた。
ジリリリリ!
部屋の内線が鳴った。もうすぐ時間だというアナウンスだ。
一番受話器に近かった星野がでて、すぐに戻した。
「そんじゃ、今日はお開きにするか」
「だな」
そんなわけで俺たちはカラオケを後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます