第22話 New relation

「はい!そんなわけで皆さん、これから一年間よろしくお願いしますね」

 特に何も変わったこともなく自己紹介が終わった。この場で全員の顔と名前を一致させることは最初からできるとも思っていなかったので、聞き流す程度にしておいた。

「それでは20分後には体育館に移動しておいてくださいねー」

 そして先生が出ていくと同時に、教室内の者たちは顔見知りや部活仲間と集まるために席を立ち始めた。俺の後ろの席では雪を取り囲むように人が集まっていた。 

 話す相手もいないし、あまり居心地も良くはないので一人で体育館に行くことにした。



 教室を出ると、まだ花園先生が歩いているのが見えた。丁度いい。

 俺は早歩きで先生に近づいた。

「花園先生」

 呼ばれた先生は立ち止まって振り返る。

「あ、菊野くん。何か用かな?」

「体育館への行き方を教えてください」

 すると先生はニコニコしながら返してくる。

「私も行くところだったし、一緒に行こっか」

 先生についていくことにした。

「君は大阪での生活には慣れた?」

「まあ大体は」

 気まずさを感じさせないためか、先生が時折話しかけてくる。

「そっかそっか。来たばかりだろうけど、学校はどう?やっていけそう?」

「……さあ、どうでしょうね。不安は特にないですけど」

 先生は僅かに羨望の混ざった眼差しで見てきた。

「へーいいなー。私なんか不安だらけだし、いまだに緊張しっぱなしだよ」

 まあ、間違って俺の手を握ってくるくらいだしな。口には出さないが。

「教師でも緊張するんですね」

「んー、それ以前に私は新卒だからさ」

 ……なるほど、確かにそれは緊張してしまうだろう。

「お互い大変ですね」

「だね。……あ、着いたよ」

 話しているうちに体育館へ着いた。まだ生徒の数は少ない。

「ありがとうございました」

「どういたしまして、それじゃまた後でね!」

 そこで先生と別れた。



 やがて式が終わり、人の波に流されるように教室へ戻った。

 少し遅れて先生が戻ってきた。

「じゃあ早速ですが、委員を決めたいと思いまーす!」

 まあどこの学校でもあるベタな流れだ。

 ちなみにこの学校では、全員必ず何かしらの委員会に入らないといけないそうなので、ここでの選択を間違える訳にはいかない。具体的に言うとクラス委員とか体育委員とかそこら辺は面倒なので避けるのが無難だ。

「では、クラス委員がいい人ー」

 先生が呼び掛けると、時間差で二人が手を挙げた。

「じゃあ男子は星野ほしの君、女子は井上さんでお願いします。それじゃあ二人に進めてもらいたいので前にどうぞ!」

 先生がそう言うと、金髪のやや猫目のイケメンと茶髪の快活そうな女子が黒板の前に立った。男子の方は皆と向かい合い、女子の方がチョークを握った。

「えーっと、体育委員やりたい人ー」


 それから順に委員会決めが始まった。しかし、枠は埋まらず保留という状態が続いている。やや男子の方が消極的なので、このクラスの男子はあまり積極的なのが居ないのだろう、と考えていた。

 だがそれが間違いであることにすぐに気づいた。

「保健委員~」

 なかなか決まらない状況に疲れたのか、星野の声から徐々に覇気が失われていく。

「............」

「............」

 そして、星野が声をあげる度に男子の目線が俺に、正確には俺の後ろの雪の方へ集まっていた。

 きっと彼らは、雪が手を挙げると同時に自分達も手を挙げるつもりなのだろう。

 彼らは息を潜める。まるで獲物が出てくるのを待つ狼のように。そして女子はその様子を冷たい目で見て、またある女子は雪に同情の視線を投げかけている。

「…………文化祭実行委員……やりたい人……」

 そして誰も手を挙げない。星野の目が死んだ魚の目になっていた。隣の井上さんも黒板の方を向いたまま静止して壁と一体化している。

 さすがにクラス委員二人が可哀想なので手を挙げた。

 途端にその猫目に光が宿る。

「……あ、マジで!? じゃあ男子は決まりな。女子はいない?」

 その直後、後ろから衣擦れの音がした……とても嫌な予感がする。

「岸田さんもやってくれんの!? よし、文実は菊野と岸田で決定な!」

 明るいオーラを増していく星野。一方で、雪と同じ委員になりたがっていた男子たちはどす黒いオーラを醸し出していた。彼らは嫉妬に満ちた目で俺を射抜いていた。

 そこからは瞬く間に枠が埋まっていき、無事(?)に委員決めは終わった。




 side.雪


 放課後、クラスのみんなは思い思いに散らばって、新しい関係やグループ作りに励んでいる。私はあまり自分からは行かない。というのも何もせずとも誰かが誘ってくれるからだ。

 周りの子たちと会話をしながら、前の席で一人で帰る支度をしている広行を見る。

 彼は何を考えているのだろうか。

 広行が引っ越してきて二週間、好きな食べ物とか得意なこと、彼に関する様々なことが分かってきた。だけど彼の性格というか、人となりがまだ掴めないのだ。

 彼はこの前、学校では極力関わらないように提案してきた。最初は、彼が本当は私を疎ましく思っているのではないかと思った。

 しかし彼はそうではないと言った。そして彼は『互いに』という言葉を使って、いかにも彼自信の利益も含まれているかの用な言い方をした。

 あの後一人で、もう一度あの会話について考えた。

 もし彼が私を嫌っているのならば、『話しかけてこないで』と言えばいい。単に目立つのが嫌ならば『お互いに関わらない』ではなく私に『学校では関わらないで』と言えばいいようにも思える。

 私が疑問に思っているのはそこだ。あの提案はお互いのためというよりも私のためのものではないのかと思っている。

 彼が以前に言った通り、私は学校内で嫌になるくらい有名だ。だがたった数十分隣で歩いただけでそれが分かるものなのだろうか。きっと普通の人ならば『なんか見られてるな~』くらいで済ませるはずだ。それにあのときは春休みだったから人も多くはなかったはずなのだ。

 もしかしたら私の考えすぎだという可能性もある。それでも、こんなにも彼のことが気になるのはどうしてだろうか。

 それはきっと、同年代の異性で、初めて信頼できるかもしれないから。

 だから私は今日も彼を見続ける。





 

 side.広行


 11時を過ぎた頃。


 無事にホームルームが終わり、後は帰宅するだけ……なのだが。

「菊野、このあと皆でカラオケ行かね?」

 クラス委員の星野に話しかけられた。

 カラオケは好きだ。しかし、誰が来るのかを聞いておかねば後で悲惨な目に合いかねない。……まあ名前を聞いたところで分からないのだが。

「皆って、誰が来るの?」

「えーっと……」

 ご丁寧に指を指しながら説明をしてくれた。

 どうやら俺と星野を含め、男子と女子それぞれ4人ずつだそうだ。ちなみに女子の中には雪も含まれていた。

「誘ってくれたのは嬉しいんだけど、どうして俺?」

 メンツを見る限り、活発な人たちが集まっているようだ。なぜそこで他のそういう感じの奴ではなく、俺なのだろう。

「まあ純粋に転校生とつるんでみたいってのもあるし、あとなんか女子の方から菊野を誘うように頼まれたんだよ」

 ……女子から?

「なんで俺が指名されたの?」

 再度尋ねるが、これに関しては聞いていなかったのか、唸りながら首をかしげた。

「……もしかしたら例の噂の件じゃね?」

「噂?」

 特に噂されるようなことはしてないはずだ。

「菊野が岸田さんと速水さんと仲良さそうに歩いてたって噂が流れてるぜ。……実は俺もそこんとこ気になっててさ、実際どうなん?」

 どうなんって言われてもな…………

 噂について追求されるのは面倒だが、交流を深めるチャンスではある。

 あとそれ以前にカラオケに行きたい。

「噂はさておき……俺もカラオケ行こうかな」

「オッケー。じゃあ後で……つっても場所分かんないよな」

「あぁ」

 学校に来るのは二度目だし、残念ながらまだ土地勘は掴めていない。

「そんじゃ、俺と一緒に行くか」

 星野は口角を上げながらそう言った。

「ありがと、じゃあよろしく」

「おう」

 彼の後に続いて教室を出た。


 

 



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