第21話 Self introduction

 電車から降りて改札を出ると、自分達と同じ制服を着ている生徒が多く見られた。

「陸上部はマネージャーがたくさんいるじゃない」

「いやいや、全然足りないよー」

 女子二人は会話に夢中なので、隙を見てこっそり一人になろうとした。が、

「ねえ聞いてるの?」

 雪に肩を掴まれた。あと少しだったのに。

 結希が正面に回り込み、後ろ歩きをしながら話しかけてくる。

「そんなわけで陸上部に入ってよ」

 どんなわけだ。

「……さっきも言ったけど、どこにも入るつもりはないから」

 そう切り捨てると、二人は諦めてはいないようで再三アピールをしてくる。


 小さくため息をついて、ふと辺りを見る。

 そして今になって自分達が注目の的になっていることに気づいた。

 ヒソヒソと声が聞こえる。

『岸田さんと速水さんと一緒にいる男子って誰?』

『どういう関係なんだろ』

『てか男子にしてはちっちゃくなーい?』

 ……しまった。これだけギャーギャー騒いでいれば周囲の目を引いてしまうに決まっているのに。……てか最後、誰だ言ったの。泣くぞ。

 しかし二人に挟まれているため、もう逃げれそうにもない。

「ハァ……」

 浮かない気分のまま学校へ向かった。



 学校に着くと、玄関の掲示板に人が群がっている。恐らくあそこに新しいクラスが載っているのだろう。

「じゃ、私はお先にー」

 クラスが固定されている結希は、掲示板を見ずに階段を上っていった。

「広行のクラスも見てくる」

 そう言って雪は人混みの中へと入った。

 ……できるだけ雪と離れているクラスであってほしい。

 心の中で、いつもは祈ってすらいない神様に祈りを捧げていると、雪が嬉しそうな表情でピョコピョコと近づいてきた。

「どうだった?」

「 私と広行、同じクラスで一組だよ!しかも出席番号が私が12で広行が11、奇跡じゃない?」

 その瞬間、俺は神への信仰を捨てた。



 二人で三階まで上り、教室の前に立つ。

 深呼吸をして、先に教室に入った。

「……」

 教室に入ると、もう既に30人ほど入っていた。そして当然ながら見知った顔は今のところ見えない。

 とりあえず自分の席に向かう。

 椅子を引いたところで、教室内がざわつき出した。

 周囲の視線の先を辿ると、ちょうど雪が入ってきたところだった。

「あ、おはよう」

 雪のその一言を引き金に、一部の女子は雪の方へ群がり、他の人たちは噂話や雑談をし始めた。

『よっしゃ、今年は岸田さんいるじゃん』

『もしかしたらワンチャンあるか』

『いや、でも……』

 ……こんなにも周囲の視線を浴びて辛くないのだろうか。

 少なくとも俺ならば耐えられない。胃薬がないとやっていけないだろう。

 そんなことを考えていると、雪が取り巻きを引き付けながら、俺の後ろの席に座った。

 特にすることもないので鞄からイヤホンを取り出していると、後ろから肩を叩かれた。

 振り向くと、家の中で見せるものとは違った、淑やかな笑顔で雪が声を掛けてくる。

「よろしくね、

 ……なるほど、そう来たか。

 きっと雪は、学校での俺たちの距離感を測ろうとしているのだろう。確かに出席番号が隣り合っているので、そこまで距離を置かなくても良いのかもしれない。

「うん、よろしく。

 近すぎず、かといって遠くもないくらいの返事をした。最初はこんなもんだろう。

 お互いに挨拶だけを交わし、俺は前を向いた。きっとこれでいいんだろう。

『岸田さんに話しかけてもらえるとか、マジで羨ましー』

『でもアイツ反応薄くね?』

『てか誰?あんな奴居たっけ』


 …………いいよな?



 そして時間を潰すこと10分。スーツ姿の栗色のボブカットの女性が入ってきた。恐らくこのクラスの担任だろう。

「よーし、みんな席について!」

 彼女は教壇に立ち、楽しげに、透き通る声で言った。

 やがて全員が席につき、静かになったのを確認し、黒板に自身の名をスラスラと書きながら口を開いた。

「えー、皆さんおはようございます。一組の担任をさせていただきます、花園はなぞの美優みゆです。担当科目は英語です。一年間頑張りましょう!」

 元気一杯な挨拶とともに拍手が起こった。

「それでは出席番号順に自己紹介、と行きたいところですが……このクラスには今年から修裕にやって来た転校生がいるので、彼から自己紹介してもらいたいと思いまーす」

 教室内が少し騒がしくなる。

 え、転校生?誰だろー?…………俺か。

「それでは前にどうぞー!」

 俺は静かに腰を上げ、黒板の前に立った。

「まずは名前を書いてもらいましょー」

 ……めんどくさいが仕方がない。

 チョークが置いてなかったので、先生の持ってるチョークを借りなければいけない。

 俺は先生に手を差し出した。

 すると彼女は何を思ったのか、ニッコリ笑顔で、その柔らかな手を重ねてきた。

 いや、握手したいわけじゃないんだけど。

「……チョークを借りたいんですが」

「え?…………あぁっ、ごめん!」

 彼女はバッと手を放し、顔を赤くしてチョークを渡してきた。

 パパッと名前を書き、簡潔に自己紹介することにした。

「東京から引っ越してきました。菊野広行です。あまり大阪について詳しくないので、いろいろと教えてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」

 笑顔を取り繕いながら、噛まずに言えたので少なくとも悪印象は与えてないはずだ。

「はい、ありがとうございましたー。それでは席に戻ってください」

 そう言われ、解放感を感じながら席に着いた。

「それでは、1番の井上いのうえさんから……」

 自己紹介が始まった。

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