第20話 再会

4月2日

「筆箱と健康診断書と……これでよし」

 今日から修裕学院の新年度が始まる。

 持ち物を一通りリュックに詰め終えて部屋を出た。

 せめて初日は一緒に登校しよう、と雪にせがまれたため、玄関で雪を待つことにした。

 スマホをいじりながら待つこと10分ほどで、雪が降りてきた。

「おまたせ、じゃあ行こっか」

 俺は頷いて雪に続いた。

「途中で結希の家に寄っていい?」

 結希……前に言っていた雪の幼馴染のことだろう。

「いいよ」


 時間にも余裕があるので話しながら行くことにした。

「そういえば広行は結希と会うの初めてだっけ?」

「うん……その結希さんってどんな人?」

「えーっとね…………アクティブな感じ……かな」

 ものすごいアバウトだった。まあ百聞は一見に如かずということだろう。



 歩いて数分ほどで見覚えのあるベージュのマンションに着いた。確か昨日の少女の住んでいるマンションだ。

 スマホを見ながら雪が呟いた。

「もうすぐ降りてくると思う」

 ひとつ気になっていたことを聞いてみる。

「結希さんには俺のことはどこまで説明してるの?」

 もし相手側にどう伝わっているか次第で俺も振る舞いを変えなければいけなくなる。

「親の再婚のことも含めて全部伝えてあるから気を使わなくてもいいよ」

 雪はさらりと答えた。

 そこまで話しているということはよほど信頼しているのだろうか。まあ付き合いが長いのならそれはそうか。

 俺がいろいろ考えていると何かを察したのか、雪が俺の顔を見て口角を上げた。

「結希には他言しないようにお願いしてあるし、良い子だから大丈夫だよ」

「良い子……ねぇ」

 俺がボソッと呟いたところで自動ドアが開いた。

 そこには雪と同じ制服を着ている小麦色の肌の黒髪ショートの女子と、それよりも40センチほど背の低いおさげの少女が並んでいた。

 ……ていうか

「「……あ」」

 昨日助けた少女だった。

 そんなこと知る由もない雪は二人に話しかけた。

「おはよー!」

「よっす。……その人が噂の広行君?」

 結希さんらしき女子は俺の方に顔を向けてきた。

「どんな噂か知らないけど……菊野広行です。よろしく」

 とりあえず挨拶しておいた。

「私は速水はやみ結希。こっちは妹のかえで。こちらこそよろしく」

 嫌味のない、爽やかな笑顔で返してきた。

「…………」

 妹ちゃんはというと先程からポカンとした様子で俺の方を凝視していた。

「ほら、楓。挨拶して」

 促された妹ちゃんは俺の方を指差し、速水に話しかけた。

「おねーちゃん、この人。昨日助けてもらった人」

 すると驚いた様子で速水は俺の方に向き直った。

「え!?ホントに?」

「……別に大したことはしてない」

 唯一状況を飲み込めていない雪が首を傾げた。

「ごめん、何の話?」



 それから雪も交えて俺は昨日の出来事を説明した。

「……いや、もう何と言ったら良いのか。本当にありがとう」

 速水はというと尊敬の眼差しで感謝の言葉を述べていた。……気持ちは分からなくもないがこの流れ、もう5回目なんだが。

 さすがにキリがないし、俺も少し恥ずかしかったのでそのループを断ち切った。

「それはそうと、そろそろ歩いた方が良いんじゃない?」

 雪が時計を見る。

「そうだね、そろそろ行かないと」

 とりあえず妹ちゃんの小学校と駅の方向が同じようなので4人で歩く。

 速水が雪の耳もとに顔を近づけた。

「なんか凄いね!雪のお兄さん」

「でしょ?」

 ……聞こえてるんだけど。しかもなんで雪が自慢気になっているんだか。

 二人は会話に夢中なので、妹ちゃんに話しかけることにした。

「えっと……妹ちゃんは」

「妹ちゃんじゃない、楓」

 どうやら名前で呼ばれることをご所望のようだった。

「楓ちゃんは今年から何年生?」 

 呼び方を変えて問い直すと、楓ちゃんは淡々と答える。

「2年生」

「そっか。じゃあ九九とか頑張って覚えないとね」

「……春休みにおねーちゃんに教えて貰ったからもう覚えた」

 僅かに声のトーンを上げ得意気に答えた。

 この時期に九九を覚えているのなら今年は算数でつまずくことはないだろう。

「へぇ、すごいね。じゃあ……」

 しばらく楓ちゃんに九九の問題を出しながら歩いた。


 小学校の手前で別れ、三人で阪急に乗る。

 寿司詰め状態とまではいかないが、そこそこに人が入っていた。

 そこからこの前と同じ手順でJRに乗り換える。

「あー、今年から2年生かぁ。なんか実感湧かないんだよねー」

 つり革に体重を掛けながら速水が呟く。

「あ、そういえばスポーツ科はクラス替えがないんだっけ」

 雪が思い出したように言葉を返す。

 なるほど、3年間ずっと同じ面子なら特にこの時期にさほど節目を感じないのだろうか。まあ人によりけりだろうが。

「速水は陸上部だっけ?」

「うん、私は短距離専門。 ていうか結希って呼んでくれていいよ。 私も広行くんって呼ぶから」

 ……どうやら結希は人との距離感が近いようだ。まぁ呼び方に関しては楓ちゃんと区別する必要を考えれば当然のことなのかもしれない。

「そういえば広行くんはどこか部活入る?」

「いや、帰宅部でいるつもり」

 すると結希は獲物を見つけた肉食動物の目で俺を捉え、肩に手を置いてきた。

「じゃあさ! うちのマネージャーやってくんない?」

 その台詞を聞いた雪がムッとした表情でこちらを睨んできた。

「剣道部のマネージャーになるって話、忘れたの?」

 ……忘れたも何も記憶にないんだけど。手伝うとは言ったがマネージャーをやるだ

なんて一言も言ってない。

「あれは個人的に手伝うって話じゃなかったっけ?」

 すかさず言い返すが、俺がそう言うのを予想していたのか、雪は調子を崩すことなく言葉を加える。

「でもマネージャーになったら部員扱いだから、推薦とかでも有利になるかもよ?」

 そこからさらに結希が押してくる。

「だったらなおさら陸上部のほうがいいよ! 修裕の陸上部は結構強いからネームバリューもあるし!」

「あ、それズルい!」

 それから二人は俺をマネージャーとして引き入れるために言い争っていた。

 ……帰宅部って言ったんだけど。


 そうこうしているとあっという間に駅に着いた。

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