第18話 提案と自爆

「…………」

「…………」

 今この家には俺と雪の二人きり。真理さんには悪いが、このタイミングを待っていた。

「いきなりだけどさ」

「?」

 雪は首をかしげた。

「俺と雪は学校ではできる限りお互いに関わらないほうが良いと思う」

「え?」

 雪は少し驚いたような顔をした。

「家ならまだしも学校でも今みたいに会話してたら、周囲の人は俺たちの関係を疑う。だからといって親のことを話すわけにもいかない」

「そうだけど……でも家族なのに」

 雪は悲しそうに言葉をこぼした。

 『家族』という言葉に一瞬だけ奇妙な感情を抱いたが、すぐさま思考の外へ追いやり、話を続ける。

「今日一日、いや、たった数十分、一緒に学校を歩いただけだけでも分かった。たぶん雪は学校ではそれなりに影響力をもつ立場にいるでしょ?」

「……それは」

 何か言いたげだが本人も多少は自覚しているのだろう。

 仕方のない話だとは思う。優れた容姿に剣道部の次期部長という肩書き、それに加え親しみやすい話し方。

 事実として学校に入ったときに、すれ違った生徒全員が俺たちを、より正確には雪を見ていたし、何人かとも親しげに挨拶をしていた。

 正直な話、学校に入る前に校長室の場所だけ聞いて雪と別れていれば良かったと思っている。それだけ周囲の視線が凄かった。春休みにも関わらず、だ。

「…………ぃ」

「え?」

「私のせい……だよね…………私が目立っちゃうせいで……」

 雪が俯きながら弱々しく呟いた。

「違う、そうじゃない」

 しまった、さっきの言い方だと俺が責めているように感じてもおかしくない。

 すかさず俺は言葉を返す。

「ごめん、説明不足だった。別に雪を責めてる訳じゃない」

「でも……」

「俺が言いたいのは、もし学校で俺たちが仲良さそうに話してるところを見られた

らお互いに変な噂をたてられたりとか面倒事が増えるかもしれないから、できるだけ未然に防ごうって話」

「…………」

 雪は黙って俺の言葉について考えている。

 たとえ近所で雪の小中学校の同級生に一緒にいるところを見られようが、例外を除き、関わることもないだろうから別に構わない。

 だが学校内となれば事情が変わってくる。一度なにかしら噂を立てられると収まるまで耐えなければいけない。

 それに俺なんかは少なからず一定数の人からは敵視されてしまうだろう。主に男子から。

「……まぁ、そういうことなら」

 やはり完全には納得してもらえなかったが、理解はしてもらえたようだ。

「でもさ……」

「?」

「周りに人がいないときだったら話してもいい?」

「……いいよ」

 そんなタイミングがあるかは知らないが。

「あと……」

 雪が続ける。

「学校じゃできないぶん、家では仲良くしようね、お兄ちゃん」

 雪の少し決めがかった台詞が部屋に響く。

「………………」

 そして訪れる沈黙。

 最後の言葉に唖然としてしまい、言葉が出なくなる。

「……な、何か反応してよ、恥ずかしいじゃん!」

 雪がまた少し顔を赤らめて、声を張った。

 ………今のはどう考えても雪の自爆だろう。

 俺は笑いを堪えながらなんとか言葉を返した。

「そうだね、俺は雪の……あれ、何だっけ?忘れちゃったからもう一回言ってよ」

「……もう言わない!」

 雪はそう言い捨てると、二階へ上がってしまった。少しからかいすぎたかもしれない。また後で謝っておこう。

 きっとあれが本来の雪の性格なのだろう。見た目が大人びているせいで、最初は違和感があったが、今なら妹という感じがしなくもない。兄妹という関係もなかなか面白そうだと思った。


 だから雪に初めて、直接『お兄ちゃん』と言われたとき、胸中に僅かな嫌悪感が渦巻いたのは気のせいだということにした。



 

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