第17話 共同作業
俺は家に帰って、自室で制服に着替えていた。
「……」
サイズ感も特に問題なく、デザインも好みだったので良かった。そう思っているとドアがノックされた。
「今いいかしら?」
真理さんだった。
「どうぞ」
ガチャリと戸が空いた。
「ごめんなさいね……あら、着てみたのね。似合ってるわよ」
ピシッーー
一瞬だけ頭に電気が走ったかのような気がした。そういえばちょうど一年前にも『母さん』に同じようなことを言われたことを思い出した。
……今さら思い出しても意味なんかないのに。
「…………」
「広行くん?」
「あ、すみません。ボーッとしてました」
すぐに思考を切り替え、真理さんに視線を合わせる。
「……やっぱりそんなすぐには新しい家庭環境に慣れないわよね」
俺の反応から何かを察したのか、真理さんは少しだけ心配そうな表情をして呟いた。
「まあ仕方ないわよね、いきなり再婚のことを聞かされて、何も知らないまま、新しい家族だ、って言われてもそんな簡単には受け入れられないわよね」
家族……か。
「別に、受け入れられない訳じゃないんです」
「……え?」
「そもそも俺は受け入れる方法を知らないんです」
「…………」
俺がそう言うと、真理さんは俺の言葉をゆっくりと咀嚼するように考え込んだ。
……まさか何も知らないのだろうか。
「真理さんは俺の兄のことについてどこまで聞いてますか?」
「……確かもうすぐ30になるお兄さんがいたことは聞いてるけど……」
……その言葉を聞いてますます疑問が増えた。が、一旦それらは頭の隅に追いや
った。
「……他には何も聞いてませんか?」
「えぇ、そうだけれど」
「そうですか…………」
声のトーンや表情から判断するに嘘をついているようには見えない。
最初からなんとなく気づいてはいたが、やはり父さんは俺に、俺たちに何かを隠しているのだろう。まあだからといって今すぐどうこうするわけではないが。
とりあえず目先の話題に焦点を戻すことにした。
「……つまり話を戻すと、俺は岸田家を新しい家族として受け入れていない訳ではないです」
それだけはしっかりと認識しておいてもらわなければ。
それを聞いた真理さんは安心と困惑が混ざったよな表情を見せた。
「そう……また詳しいことは話してくれるのかしら?」
「さあ、どうでしょうね」
俺がそう答えると真理さんはクスリと笑った。なんだか少しだけ距離が縮まった気がした。
「ただいまー!」
一階から雪の声が響いてきた。部活から帰ってきたのだろう。父さんは仕事で日中は家に居ないので、下には雪しかいない。
「そろそろ昼御飯を作らないと。じゃあ一旦戻るわね」
そう言って真理さんは部屋から出ていった。
俺も部屋着に着替えて一階に降りた。
テーブルには雪と真理さんが隣り合って座り、それに向かい合うように俺も座った。
テーブル周りにはナポリタンの香りが漂っている。
既に三人とも食べ終えて、雪に関しては椅子にもたれてまったりとしていた。俺は全員分の食器を重ねて、流し台に向かった。
「あ!広行くん、私が……」
「いえ、大丈夫です」
真理さんが腰をあげてこちらに来ようとしたが制止した。
さすがに何もしないままでグータラするだけでは申し訳ない。
それに、あくまで自分が罪悪感を感じないように皿洗いを申し出たのであって、別に真理さんの負担を減らすためにしているわけではない。
「私も手伝うよ」
雪が俺の隣まで来ていた。
「別に良いよ、大した量じゃないし」
「じゃあ二人でやればもっと早く終わるね」
「……」
「……」
無言で見つめ合ったが、向こうは折れそうにないので大人しくこちらが折れることにした。
「……じゃあお願い」
俺は雪に布巾を渡した。
「うん」
雪が勝ったような表情をしているのが少しだけ癪だった。
俺が鍋や食器を洗い、それを雪が拭く。
これではまるで……いや、考えるのはやめよう。
特に洗い落ちが悪いものもなかったので一瞬で終わった。
「……ありがと」
「どういたしまして」
そんなやり取りをしていると後ろから声が掛かった。
「ふふ……二人ともなんだか新婚夫婦みたいで面白いわね」
「ちょっ、お母さん!?」
「……」
……あーあ、恥ずかしいからなるべく考えないようにしてたのに。
雪は顔を少し赤らめながら真理さんのほうへ向かい、背中をポカポカと叩きはじ
めた。傍から見ると肩たたきに見えなくもない。
「変なこと言わないでよ!」
「あら~、そんなに照れちゃって」
「照れてない!」
……なんだか今の雪を見てると最初の大人っぽいイメージは薄れてきた。きっと多くの人間がは雪の見た目と中身のギャップに心を掴まれるだろう。
「広行くんもこっち座ったら?」
え、この状況で?
雪の方へ視線を向けると一瞬だけ目が合ったがすぐに逸らされた。
「……なんか避けられてるんですけど」
「大丈夫よ、照れてるだけだから。ね?」
「照れてない……」
雪も反論するがその声に力はこもっていなかった。
それから三人で世間話や思い出話などいろんなことを話した。
やがて話題は俺たちの学校生活のことへシフトした。
「私としては、雪に広行くんみたいなしっかりしてそうな兄ができて良かったと思ってるの」
どうやらパッと見だと俺はしっかりしてそうに見えるらしい。
「どうしてですか?」
理由は恐らく前に聞いた、雪には頼れる人が必要云々の話だろう。
「だってほら……雪ってとっっっても可愛いじゃない?」
「そうですね」
それは普通に認めるが、俺の話と何が関係あるのだろう。
「……」
雪は顔をリンゴのように赤らめて黙ってうつむいている。もとの肌が白い分よりいっそう赤が強調されてしまっていた。
「……だから変な男に引っ掛からないか心配なのよ」
「あー……」
なるほどそういうことか。なんとなく察することはできた。
「要するに雪を見守れと?」
「そんなところかしら」
すると雪は不満げに口を開いた。
「別にそんなのいらないし……恋愛する気もないよ」
どうやら雪はあまり色恋沙汰に興味がないようだ。
「でもこの前の終業式あたりにもたくさん告白されたみたいじゃない」
「……それって誰から聞いたの?」
「
「ハァ……やっぱり」
知らない名前が出てきた。『結希』とは誰のことだろう。雪の友達だろうか。
とりあえず話を逸らしてあげるために聞いてみた。
「えっと……その結希さんという人は?」
「ああ、結希ちゃんはご近所さんで雪とは小学校からの仲なの」
なるほど。先程の会話から考えると……
「その結希さんが通ってるのって……」
「二人と同じ修裕よ。あの子は陸上でアスリートコースだからクラスが一緒になることはないでしょうけど」
そういえばパンフレットをちらっと見たときにアスリートコースがあることも書いていた気がする。俺の記憶が正しければ野球とバスケもあった気がする。
「あら!もうこんな時間」
俺が記憶を手繰り寄せていると、時計を見た真理さんは立ち上がって小さな手提げカバンを手に取り、玄関へ向かった。
「じゃあ私はパートに行ってくるから留守番お願いね」
「あ、お気を付けて」
「行ってらっしゃい」
真理さんは慌ただしく出ていった。
そして俺と雪の二人きりになった。
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