第15話 一緒に

 3月19日 午前6時


 スマホのアラームで目を覚ます。目を開けると、見慣れない天井に一瞬だけ思考が止まるが、自分が新しい家にいることを思い出した。

「ふぁぁ~……」

 あくびをしながらベッドから降りて、部屋を出る。

 一階に降りてリビングを見ると、雪がストレッチをしながらテレビを見ていた。

「おはよう」

 声をかけると雪は俺に気づき、開脚をしながら返した。

「あ、おはよう。早いね」

「そっちこそ」

 辺りを見るとまだ他に誰もおらず、リビングには俺たち二人しかいない。

「……毎朝ストレッチやってるの?」

「うん、毎日続けないと効果がないから」

 なるほど、随分と熱心なことで。

 それは剣道のためかと聞こうか迷ったが、やめておいた。別に嫌というほどではないにしろ、あまり剣道の話はしたくない。

 話題を逸らす目的も兼ねて気になることを聞いてみる。

「この辺でトレーニング施設とかランニングに良い場所とかってある?」

 雪は数秒だけ考え込み、口を開いた。

「筋トレとかがしたいなら定期圏内に市民体育館があるし、外でランニングしたいならここから少し歩いたところに広い緑地があるから、そこでするのがオススメかな」

「……そう。今度行ってみようかな」

「広行って自主的に運動とかするの?」

「この間までは一応キックボクシングのジムに通ってた」

 雪は少し興味をもった様子でこちらを見ている。

「意外と……って言ったら失礼だけど、体育会系?」

 どうだろう……筋トレや格闘技は趣味程度だったし……

「体育会系かと言われたら微妙なところだけど、平均的な男子高校生と同じくらいには動けるとは思う」

 世の中の平均的な男子高校生の身体能力がどれ程なのか気にしたことはないが。

「何か部活に入るつもりはないの?」

 部活か……基本的に独りでいるのが好きなので集団で行動をしたりするのはあまり向いてない。もちろん部活動も例に漏れない。

「ないね」

 簡潔にそう答えると、雪は少し残念そうな表情をした。

「そっか……もしかしたらと思ったんだけど……」

 どうやら俺を剣道部に誘うつもりだったらしい。

「でも……」

 気づけば勝手に口が動いていた。

「?」

 雪が首を傾げた。

「……部活に入るつもりはないけど、できることがあれば手伝おうか?」

 中学で剣道部を退部したとき、もう剣道にはできるだけ関わらないと決めたはずだった。なのに何でこんな提案をしたのか自分でも分からない。

 彼女の残念そうな表情を見て罪悪感が湧いたのか、それとも真理さんに言われたことを実践しようとしたのか、あるいは……

「……いいの?」

 雪は驚きと嬉しさが混ざったような表情で尋ねた。

「別に、特にすることもないし」

 ……ついぶっきらぼうに答えてしまった。

 だが彼女はよほど嬉しかったのか、そんなことは気にならないとでもいった風

に、輝いた瞳をこちらに向けた。

「期待してるね」

「お手柔らかに」

 これから忙しくなりそうだ。



 それから四人で朝食をとり、俺は部屋に戻った。

 今、俺の目の前にあるのは積まれている段ボール箱。できれば午前中に片付けたいところだ。

「さてと……」

 腕をまくり、段ボールを開けていく。


 

 作業を始めて二時間は経っただろうか。

 部屋の中には勉強机や棚、クローゼットが置かれ、積み重なっていた段ボールもほとんどなくなっていた。

 残るは五箱。中には衣類や本がギッシリ詰まっている。このままやりきっても良いのだが、ほとんどノンストップで整理していたので腕が疲れてきた。

 一旦休憩しようかと思っていると、足音が聞こえてくる。

 コンコンとノックする音が響く。

「入っていい?」

 どうやら雪のようだ。何の用だろう。

「いいよ」

 俺が答えると、ドアが開いた。

「あ、結構部屋っぽくなってる!」

「まあね」

 確かに昨日まではベッドと段ボールしかなかったので、それと比べると生活感が

出ている。

「あとどれくらいで終わりそう?」

「んー……残りは少ないけど一区切りついたから休憩しようかと思ってたところ」

「あ、そうなんだ…………」

「?」

 気のせいか雪が何か言いたげな様子でモジモジしている。

「どうかした?」

 俺が尋ねると、雪は一瞬だけ迷うような表情を見せたが、観念したのか口を開いた。

「一緒に買い出しに行きたいな~、とか思ってたんだけど」

 なるほど、そういうことか。

「何時くらいに出たい?」

「11時くらいには出たいかな。あ、忙しかったら全然……」

 ……きっと彼女は彼女なりに俺との距離を近づけようとしてくれているのだろう。その気持ちを無下にするのも気が引ける。

「わかった。じゃあそれまでには終わらせて準備しとくから」

「大丈夫?」

 雪が段ボール箱に視線を向けた。

「……箱は大きいけど中身はそんなに入ってないから平気だよ」

「そっか、じゃあ頑張ってね」

 そう言って雪は部屋から出ていった。

 身支度する時間を10分として差し引くと、残された時間は30分ほど。

「…………急がないと」



 結果的に、少し無理矢理だったがなんとか整理を終わらせ、身支度も済ませることができた。

 玄関で待っていると、雪が買い物袋を手にやってきた。

「おまたせ、行こっか」

「うん」

 そして二人でスーパーに向かった。



 歩きながら少し街の様子も見てみる。やはり時間帯的にも、昼食や買い物目的らしい人が多く見られる。ゴミはほとんど落ちておらず治安も良さそうだ。

 たまに若い人と通りすぎたときに視線を向けられるが、それは恐らく雪が原因だろう。まあ確かに隣に美女を連れて歩いているので気持ちは分からなくはない

が……

「着いたよ」

 そうこうしているうちにスーパーに着いたようだ。中に入り、かごを取る。

「手分けして後で合流する?」

 俺が尋ねると、雪は少し悩んだ。

「う~ん……まぁ今日は急いでるわけじゃないから、一緒に回ろ」

「……いいの?」

「え、逆になんでダメなの?」

 どうやら俺が考えていることが伝わってなかったらしい。

「知り合いとか同級生に、俺といるところ見られるんじゃない?」

「あぁ……別にいいかな、それくらい」

 雪はそんなことか、と言いたげな感じで答えた。

 まあ本人が気にしないのならいいが……

「わかった、じゃあ何から見ていく?」

「えーっとね……」

 それから二人でのんびりと買い物をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る