第14話 お願い
熱気がこもっている室内で、疲れきった体が熱に包まれる。
「……はぁ」
湯船に浸かりながら俺は今後のことについて考えていた。
予定では確か明後日に学校に挨拶をして、そのついでに制服の採寸をするはずだ。
「はぁぁ…………」
俺がため息をついた理由は一つ。新しい学校生活に対する不安だ。
修裕では雪を除いて知り合いはいないのでまたほぼゼロから人間関係を構築しなければならない。
俺は本来は独りでいるのが好きだ。だが学校では明るい、とまではいかなくても誰とでも世間話ぐらいは喋れるように取り繕う、すなわち仮面を被るのが俺の高校生活での基本スタンスだ。
実際に前の学校ではそうしていた。友達はいなくても良いが、ある程度親しい仲のクラスメイトはいたほうが後々何かと便利だからだ。
ただ、繰り返すが本質的に他人と接するのは好きではないので、そのスタンスを確立するのも一苦労する。
「……めんどくさい」
風呂場に小さく声が響いた。
風呂から上がり、バスタオルで体を拭く。下着とジャージのズボンをはき、部屋着のスウェットに手をかけたところでドアの開く音がした。
「広行、ドライヤーは棚の中に……」
ドアの方を向くと、そこには硬直した雪が立っていた。彼女の視線はなぜか俺の上半身に向けられていた。
「?……あ」
そういえばまだ上は何も着ていないことに気づいたが、時既に遅し。
彼女の顔がリンゴのように赤くなる。
「……ご、ごごごごごごめんっ!」
バタン!
雪は出ていってしまった。
…………どうしろと。
その後、雪とは顔を合わせぬままベッドに入った。しかし、慣れない部屋で寝ているからか、疲れているはずなのになかなか眠ることができない。
……喉が乾いたな。
俺はベッドから抜け出し、部屋を出た。
音を立てないように気を配りながら廊下を歩き、階段を降りる。するとリビングの明かりがついていた。
テーブルの方に目をやるとステテコ姿の女性が座っていた。真理さんだ。
引き返そうかと悩んでいると、足音に気づいたのか真理さんと目が合った。
「あら広行くん。どうしたの?」
「少し喉が乾いてしまって……」
それを聞いた真理さんは立ち上がった。
「そう。お茶で良いかしら?」
「あ……ありがとうございます」
申し訳ないが食器の配置も分からないのでお言葉に甘えることにする。
「ふふ……座っててちょうだい」
言われるままに座って待っていると、真理さんがお茶の入ったコップを渡してきた。
「どうも」
「いえいえ」
そして少しずつお茶を口に含める。乾いていた喉が潤っていく。
真理さんが話しかけてきた。
「少しお話でもしない?」
「……いいですけど」
その提案に乗ることにした。
「広行くんから見て、雪はどうかしら」
俺から見てどう見えるか……
「今日会ったばっかりなんで詳しくは分からないですけど……なんとなく妹より姉のほうがしっくりくる人だなと思いました」
真理さんはクスッと笑った。
「そうね。実際あの子は大抵のことは自分でやり遂げるし、どちらかというと頼るよりも、頼られる立場に回ることが多いかしら」
どうやら俺が彼女に抱いていた印象はあながち間違いでもないらしい。
「でもね……」
真理さんが続ける。
「あの子には頼ることのできる人が必要だと思うの」
雪には頼れる人がいないのだろうか。
「……具体的には?」
「……そうね、雪ってああ見えて結構強がり屋さんなのよ」
「強がり……ですか」
そんな風には見えなかったが。
「あの子は人に弱いところを見せたがらないの」
「真理さんにもですか?」
真理さんの表情がほんの少し暗くなる。
「……特に私にはね」
「…………」
今はあまり詮索しないほうがよさそうだ。
「だからね、できれば広行くんにはあの子の支えになってほしいの」
支え……か。
「それは父さんではダメなんですか?」
「雪もあの人とはそこまで話したことがないし、年が近い人のほうが打ち解けやすいと思うの」
まあ、それは納得できる。
「……できる限り頑張ります」
真理さんが笑顔を見せた。
「……ありがとう、広行くん」
「あまり期待はしないでください」
「ふふ……そういえば」
「?」
まだ何かあるのだろうか。
「広行くんはまだ私のことを『お母さん』とは呼んでくれないのかしら」
「……」
確かに家族なのに、いつまでも『真理さん』と呼ぶわけにもいかないだろう。
「……気が向いたら」
「お母様と呼んでくれてもいいのよ?」
「慎んで遠慮します」
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