第9話 さらば東京

 3月18日の午前7時。

 父さんと向かい合う形でテーブルに座りながら朝食を食べる。

「時間は分かってるよな?」

「うん、2時くらいに品川に着いとけばいいでしょ」

「ああ」

 それまでどうやって暇を潰そうか。荷物は送ってしまったし……

 モグモグしながらそう思っていると、先に朝食を食べ終えた父さんが口を開い

た。

「新大阪に着いてからだが……」

 そういえば向こうに着いてからのことを聞いてなかったな。

「とりあえずそこから電車で移動して、岸田家と夕食をとる」

 岸田、次の家族となる岸田真理きしだまりの家系だ。

「そんで、電車に乗って新居に行くって感じだな」

「……了解」

 特に気に留めておくこともなさそうだ。


「ごちそうさま」

 朝食を終え、食器を洗った。テーブルに戻ると、父さんはキャリーバッグを持ちリュックを背負った。

「それじゃ、また後でな」

「また後で」

 そして父さんは家を出た。俺はとりあえず着替えて、洗面所に向かった。

 歯を磨き、顔を洗い、いつもより丁寧に髪をセットする。鏡を見ると、どこにでもいそうなマッシュヘアの男子が写っている。

 一通り身支度を終え、キャリーバッグとトートバッグを部屋から持って来る。

 それからリビングでテレビのチャンネルを変え続けるも、特に興味がひかれる番組も無かったので電源を消す。

 結局、することがないので品川まで行くことにした。




 9時頃、品川駅についた。3月なので混んではいないものの、人通りは決して少なくはない。

 とりあえず駅内の書店で文庫本を買い、それで時間をつぶすことにした。


 半分ほど読み終えた頃、携帯が鳴った。画面を見ると、母さんからだった。少し戸惑うもすぐに電話にでる。

『もしもし、もう東京は出たの?』

「いや、14時半のに乗る」

『あら、そうなの。今は一人?』

「うん。することないから先に品川で時間潰してる」

『そう……お昼はどうするの』

「適当に一人でパンでも食べて済ませるつもり」

『なら私と食べない? 最後だし』

 母さんの意図は分からないが、断る理由もない。

「いいよ、場所は?」

『丁度シフトが終わったから、今からそっちに行くわ』

 時計を見ると11時前。母さんがつく頃にはちょうどお昼時だろう。

「わかった、改札で待ってる」

 そう言って電話を切る。



 人が増える12時頃、母さんと合流した。

「こうやって会話するのは久しぶりね」

「そうだね」

 とりあえず元気そうなので安心した。

「じゃあ、そこのカフェでいいかしら?」

 そして俺たちは駅内の小さいカフェに入った。二人ともサンドイッチを頼み、しゃべることなく静かに食事を終える。

「ねえ、広行」

 突然母さんが口を開いた。

「……今更だけど、本当にごめんなさい」

「……」

 俺は少し考え込む。

 確かに、のことに関して許せない気持ちはあるが、母さんだけが悪かったわけではないし、それ以上に育ててもらった恩のほうが大きい。

 それに、何を言ったところでこの人にはもう通じないことはわかっている。

「俺は別に恨んではないよ。むしろ今までありがとう」

「……そう、ならよかったわ」

 母さんは安心したように微笑んだ。

「最近は元気そうだね」

 ここ最近の母さんは前とは違って随分と顔色もいい。

「ふふ、おかげさまでね」

 ……なら、もう心配することはない。

 それから二人で少しだけ思い出話に浸った。



 そうしていると、もうすぐ14時だ。

「じゃあ、そろそろ……」

 俺が財布を取り出そうとすると、

「それくらい私が払うわよ。行きなさい」

「……ありがと」

 俺は礼をいって席を立つ。

「……頑張りなさい」

 俺は振り向かずにひらひらと手を振って、店を出た。


 新幹線の改札口に行くと見馴れた二人の男女がいた。武志と遥だ。

「よっす広行」

「見送りに来たよ」

 まあなんと律儀な幼馴染だこと。

「……そう」

 嬉しさでにやけそうになるのを堪え、顔を横に向けた。

 すると武志は面白いものを見つけたような顔をする。

「あ、もしかして照れてんのか?」

「……違う」

「フフッ」

 そのやり取りを見て、遥が笑った。

 こうやって会話するのも今日で最後だ。

「あーあ、もう少し広行と遊んでおけばよかったぜ」

 武志が残念そうに呟いた。

「また帰るよ」

「おう、お土産を楽しみにしとくぜ」

「私の分もね!」

「はいはい」

 やはりこの二人は相変わらずだ。まあしんみりムードで悲しまれるよりかは良いが……

 携帯のバイブレーションが鳴る。

 父さんからメールが来た。もうすでにホームの待合室に居るらしい。

 俺は切符を取り出す。

「じゃあ、行ってくる」

 二人とも一瞬だけ名残惜しそうな表情を浮かべた。

「……元気でな!」

「またね、広行」

 俺は頷いてから改札を通った。


 エスカレーターに乗る前に改札のほうを振り向くと、二人はまだ立っていた。

「ありがとう」

 俺はぼそりと呟いた。

 恐らくこの距離だと聞こえてないだろうが別にいい。俺が言いたかっただけだから。

 手を振る二人を一瞥して、ホームに上がった。

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