第8話 思いをこめて


 遥と少し歩いた後、家の近所の公園に入った。何の因果かそこは俺が昨日通った公園だった。

 遥と二人でベンチに座る。

 時刻は7時を過ぎたころ。

 夜になったのにさっきよりも空気が暖かい気がする。

 見上げると空は黒色に染まっている。

 ……あ、大事なことを忘れていた。

「打ち上げ……行かなくていいのか?」

 彼女も今気づいたのか、ハッとした表情になる。

 けどすぐに表情を緩めた。


「う~ん、もういいかな」

「まだ間に合うでしょ」

 恐らく打ち上げはまだ終盤には入っていないはずだ。

「……それに……これからしばらく広行と二人きりで話せないだろうし」

 彼女が寂しそうな表情でこちらを見つめてくる。

「わかった」

 そんな顔をされて断れるわけがない。


 それからしばらく遥と話をした。

 昔のこと、最近のこと、これからのこと。気がつけば遥の表情はいつものように明るくなっていた。

 気がつけば1時間以上話していた。やがて話題もなくなり沈黙が訪れる。

 時間的に帰ってもいい頃合いだ。

「なあ……そろそろ」

 俺がそう言って横を向いたとき、遥に抱きしめられた。

 お互いの体が密着する。彼女の体温が制服越しに伝わってくる。

「……ねぇ」

 彼女は顔を俺の胸元にうずめたまま呟いた。

「……なに?」

 俺は少し上ずった声で返す。

「……少しだけ……このままでいさせて」

 俺はそれに応えるようにしばらく彼女の頭を撫で続けた。

 





 17日の朝、引っ越しの前日。

 俺は父さんと一緒に引っ越し業者のトラックに荷物を運んでいた。

 俺はそもそも荷物が少なく、父さんも単身赴任でもともと大阪に居たため、こっちに帰ってくる前に次の家に運んだらしい。

 そのため荷物の片付けはあっという間に終わり、どうやって時間を潰そうかと考えてたとき,スマホが鳴った。見てみると武志からだった。

 通話ボタンを押す。

「……もしもし」

『グッモーニング!』

 うるさい。

 反射的に通話を切りそうになるが、踏みとどまる。

「……何?」

『いきなりだけど、遥とはどーなった?』

 本当にいきなりだなあ……

「無事に仲直りできたよ。ありがと」

『そっか……良かったな』

 武志はため息交じりにそう言った。どうやら心配してくれていたみたいだ。

「悪い、あのあといろいろあって報告するの忘れてた」

『別にいーぜ、そんなの。ところで今日は忙しいか?』

「いや、たった今暇になった」

『そうか!じゃあ俺らと遥の三人でカラオケ行こうぜ』

 カラオケか……久しく行ってないな。

 それにもう幼馴染で集まれることも滅多にない。

「俺はいいけど、遥の予定を聞かないと」

『じゃあそれは広行に頼んでいいか?』

「わかった。じゃあまた後で」

『ほーい』

 通話を切る。


 そして遥に電話する。

 ……コールは3回目で止まった。

『もしもし。どしたの?』

「……突然だけど今日空いてる?」

『え、うん。空いてるけど……』

 どうやら部活は無いようだ。

「一緒にカラオケ行かない?」

 少し間が空いた。

『……え!? そ、それって……広行と二人きり……ってこと?』

「いや、武志も来る」

『……』

 何故か黙る。聞こえなかったのだろうか。

「武志もく……」

『いや、聞こえてたから。うん、そりゃそうだよね……はぁ……』

 何故かテンションが低い。もしかして風邪でも引いたのだろうか。

「別に、体調が悪いなら無理しなくても…」

『大丈夫! 絶対行くから』

「お…おう」

 食い気味に返されて面食らったが、体調が優れないわけではなさそうなので安心した。

「じゃあ武志に伝えとくから。また連絡する」

『ん、オッケー。それじゃね』

 そこで通話が終わる。

 メッセージアプリで、武志に遥が来れることを伝えた。


 リビングで一息ついてると、業者さんとの最終点検を終えた父さんが戻ってき

た。とりあえず労いの言葉でもかけておこう。

「お疲れ」

「そっちもな。もう今日はすることはないから好きに過ごしてくれ」

「うん、武志と遥と遊んでくる」

「ああ……あの二人とは幼稚園に入る前からの付き合いだったか。よく今まで仲が続いたもんだ」

 確かに、本当に長い付き合いだった。

「これからも続くよ」

「……そうか」

 父さんは小さく、安心したように笑った。





 午後2時、カラオケの入り口付近で待つ。そろそろ来るだろうか。

 そう思っていると、後ろから両肩を叩かれる。

 後ろを振り向くと、見慣れた顔が二つ。

「よっ!」「お待たせ」

 二人とも同時にやってきた。

「……じゃあ入ろうか」

 俺たちはカラオケに入った。



 それから3人でループしながら歌っていた。慣れてくると採点機能をONにしたりした。

 そして歌い始めてから4時間が経ったころ、少し休憩タイムに入る。

 3人で集まるのは久しぶりだったので、思い出話や近況報告に花を咲かせた。

「悪い、ちょっとトイレ行ってくるわ」

 そう言って武志が部屋から出た。

 遥と二人きりになる。

「……」

「……」

 やはり昨晩のことのせいか、お互いに少し気まずい。

「あのさ……」

「ん?」

 遥が話しかけてきた。

「昨日は、その……ありがとね」

 彼女はすこしてれた様子でつぶやいた。

「別に何もしてない」

 本当に。俺はただ黙って慰めただけだ。

「でも嬉しかったよ。私はもう大丈夫……だから、向こうでも頑張って」

 このタイミングでそれを言うのか。だけど、その言葉で俺の中の欠けていた何かが

満たされた気がした。


 そして、ガチャっとドアが開く。

「待たせた」

 武志が帰って来た。

「……時間的に、ラスト一曲ずつで締めとくか」

 武志に言われて時計を見ると、針は6時半を示していた。確かにいい頃合いだろう。

「じゃあ俺からで」

 俺はマイクを持つ。

 曲が流れ始めると、空気が変わった。俺が選んだのは、とある洋楽。

 ゆっくりとしたリズムでピアノと低いベースの音が響く。

 目を閉じて、目の前の幼馴染たちのことを思いながら歌う。ただ、思いをこめて

歌った。

 ……結果としては92点だった。俺にしては上出来すぎるくらいだ。

「それじゃ、次は私」

 遥にマイクを渡す。

 遥が選んだ曲も洋楽だった。

 俺の歌った曲とは対照的にアップテンポな曲だがうるさくはなく、どことなく夏

を思わせる爽やかさを感じる。発音も綺麗で、女性ボーカルの曲だということもあ

ってか、とても遥の雰囲気に合っていた。

 ……結果はなんと98点だった。

「とても綺麗な声だった」

「えへへ…ありがと」

 俺が褒めると、照れたように笑った。

 だが遥がここまで上手だと締め役の武志が可哀想に思えてきた。

 ふと武志の表情を見ると、静かな面持ちで、自身に満ち溢れていた。

 遥から無言でマイクを受け取った武志は、深呼吸をしてからマイクを構えた。

 前奏が流れ始めた瞬間、俺と遥は目を見開いた。

 彼が選んだ曲は長い歴史を持ち、多くの日本人に歌われてきた。

 そう……日本国の国歌、『君が代』である。

 非常にゆっくりとしたテンポで、その歌詞の一文字一文字を力強く、だが決して雑っぽさはない綺麗な声で歌った。

 武志の歌声を聴いて、俺は彼が応援部であることを思い出した。


 あっという間に終わり、彼がマイクを下ろすと同時に、俺と遥は立ち上がって拍手する。

「ありがとう、武志」

「素晴らしい歌声だったわ」

「……え、なんだよ気持ち悪っ」

 俺たちの態度にドン引きする武志。


 そんなこんなで楽しい時間は過ぎていった。

 え、武志の点数?言うまでもなく満点だよ。

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