第6話 当たって砕けるな

 ホームルームが終わり、教室内の生徒たちは解放感に包まれていた。

 とある少年と少女を除いて。




 俺は逃げるように教室の扉へ向かう。

 教室から出る際に遥のほうを見ると目が合った。その目には怒り、疑問、悲しさ、寂しさなど様々な感情がこもっているように見えた。


 俺は思わず目をそらし、教室を出た。





 家に帰って、部屋のものをダンボールに詰める。詰める。詰める。ただ何も考えずにひたすら詰めた。

 そうしていると1時間半も経たない内に、荷物詰めが終わってしまった。

 部屋は綺麗を通り越して殺風景になっていた。あるのは、衣類を詰めたキャリーケースとトートバッグ、それとたくさんのダンボールのみ。

 時計を見ると3時になっていた。

 昼食を食べることさえ忘れていた。だが全く食欲は湧いてこない。

 なにもすることがなくなり、気分転換に財布を持って家を出た。



 家から歩いて5分のところにあるビルについた。そしてそのビルの屋上を目指して螺旋階段を登った。

 登りきると、3レーンのみの狭いバッティングセンターに着いた。一番奥のレーンが空いていたのでそこに入った。

「よお広行!久しぶりだな」

 突然横のレーンから声をかけられた。横を向くと、髪を短く刈り上げ、健康的な焼けた肌の少年が笑いながら手を振っていた。


 二人で端のほうに置かれてあるベンチに座った。

「まさかこんなところで武志たけしと合うなんてな」

「いやいや、それはこっちのセリフだっての」

 俺は幸か不幸か、3ヶ月ぶりに幼馴染の武志と直接会話をした。

「…そっちも今日終業式だったのか」

「ああ。で、何でお前がここにいんの?珍しいじゃん。常連ってわけでもないだろ」

 すかさず武志が返してくる。

「……まぁ、気分転換ってとこ」

 俺は少しぎこちなく答えた。

「へー、つーことはなんかあったのか?」

 武志のその言葉を聞いた途端、今朝の遥とのことが頭をよぎった。

 今ここで言ってしまっていいのだろうか。

 違う、そうやって理由をつけて逃げたから今こうなっているのだ。

「なぁ武志」

「ん?」

「少し長くなるけど聞いてくれるか?」

 俺が尋ねると武志は一瞬だけキョトンとしたが、すぐさま笑みを浮かべた。

「いいぜ、いくらでも聞いてやるよ」

 

 俺は武志に、もうすぐ引っ越すこと、そして今朝の遥とのことを話した。

 武志は終始真剣に、ただ黙って頷きながら話を聞いてくれた。

「なるほどなー。まぁそりゃ気分転換もしたくなるわな」

 武志の感想はあっさりしていた。

「……それだけ?」

「まー寂しい気持ちも無くはねぇが、今の時代は離れていても連絡が取れるし、大阪っつっても夜行バス使えば俺でもいけるしな」

 その言葉を聞いて、俺の胸中の気持ち悪い感情がすべて溶けた気がした。

 そうだ、武志の言う通りだ。離れたからといって繋がりが消えるわけではないのだ。

「まぁ、遥には一度ちゃんと説明するべきだと思うぜ」

 武志はそう付け足した。

 確かにそうするべきなのは理解している。

 だが……そうしたとして彼女は許してくれるだろうか。

 いや、そもそも許してもらえるかどうかは関係ない。彼女を傷つけたことに対して俺は謝らなければいけない。

「やっぱり怖いのか?」

 俺が黙って考え込んでいるのを見て、武志はそう言った。

「怖いけど……怖かったけど、もう大丈夫」

 俺が答えると武志は立ち上がり、伸びをする。

「まーあれだ、ほら、当たって砕けろってやつ?」

「砕けたくはないんだけど」

「じゃあ、当たって砕けるな」

「……なんだそれ」


 そんな馬鹿話をしていると、さっきまで悩んでいたことはすっかり消え去った。

 俺も立ち上がり、軽くストレッチする。

「じゃーそろそろ打ち始めるか」

「だな」

 武志は貸し出しバットの入った箱から2本取り出し、片方を俺に渡す。

「サンキュ」

「おう。今日は何本打ってくんだ?」

 武志が尋ねてきた。

 ここのバッティングセンターは本当に狭いため、特にホームランの的もない。だがその分料金は安く200円で20本、つまり一本あたり10円で打てる。

「今日は100本くらい打ってもいい気分だ」

 俺が冗談めかして言った。が、

「……まー、しゃーねーな。今日は付き合ってやるよ」

 武志に優しい笑顔で返された。

 冗談でした、とも言える雰囲気ではなかったので本当に100本打つことになってしまった。

 まあ、たまにはこういうのも悪くないか。

 両替機に野口英世が吸い込まれるのを見ながらそう思った。

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