第5話 学校と幼馴染

 遥と雑談をしているうちに、気付けば目的の駅に着いた。

 人混みに流されながら、改札を出る。

 時刻は7時半くらい。まだまだ時間に余裕がある。


 そこからまた10分、会話をしながら学校まで歩く。

「いやー、もうすぐ2年生かー。なんかあっという間の1年だったなー」

 髪を揺らしながら、彼女はそうつぶやいた。

「遥はこの1年どうだった?」

「えー何その先生みたいな質問」

「なんとなく」

 本当に大した理由はない。単純に聞いてみたかっただけだ。

「えーっとねー……」

 彼女は少し考えた様子で遠くを観ている。

「一言でいうなら、すごく充実してた」

「具体的に言うと?」

「部活も楽しいし、先輩も優しいし、特にイジメもなかったし、クラスのみんなも仲が良いし……」

 彼女はすらすらと答えていく。

 見たところいじめとかは無さそうだったし、今思えば結構恵まれた環

境に居られたんだなと思う。……引っ越すのがますます嫌になってきた。

「あとは……広行と同じクラスになれたこと……かな」

 彼女は少し照れながらそう言った。

 確かに、高校最初のクラスで知ってる人が1人でもいる、というのは気持ち的にかなりのアドバンテージになる。それは俺も実感したことだ。

「俺も遥と同じクラスになれて良かったと思ってる」

 俺がそう言うと彼女は一瞬黙りこんだ。

「ど……どうしたの!?」

 そして彼女はとても驚いたような表情を見せた。

「え?」

 何か変なことを言っただろうか。

「普段そういうこと言わないくせに、いきなり言われたから……びっくりした」

 日頃から誰かにストレートに感謝を言うことはあまりないが、そんなに驚かれるとちょっと傷つく。

「いや……ただ思ったことをそのまま伝えたかっただけなんだけど」

「っ!……そ、そう」

 何故だか彼女の息が荒いように感じる。気のせいだろうか。いつもは明るく飄々としているので、少し珍しいものが見れた。

「次も同じクラスだといいね」

 彼女は息を整え、いつも通りの態度でそう言った。

「……だといいな」

 絶対にあり得ないが。だがそれを口には出さなかった。

 早く言わねばと急き立てられるような気持ちと、言ったらどうなるのだろうとい

う恐怖心が頭の中で混ざりあっていた。


 そうこうしているうちに学校に着いた。

「8時半までに体育館に集合すればいいんだよね」

「確かそうだったはず」

 あと50分もある。

「来るの早すぎたかなー」

 彼女は髪をいじりながら呟く。

「遅れるよりはいいんじゃない?」

「ま、それもそっか」

 彼女はニッと笑みを浮かべた。


 そして下駄箱で上履きに履き替えた。

「ごめん、ちょっと職員室に寄るから」

 俺がそう言うと彼女は少しだけ不思議そうな顔をした。

「?……おっけー。また後でねー!」


 遥と別れ、職員室に向かう。

 ドアをノックをして、学年とクラスと名前を名乗り、中に入る。

 担任のデスクまで近づいていくと、優しそうなおじさんの先生がこちらに気付いた。

「おはようございます、先生」

「おはようさん」

 先生はにこりと笑った。

「場所を移そうか」

 彼は柔らかな笑みを浮かべて席を立った。


 進路指導室で、机を挟み向かい合う形で俺と先生は座った。

「君も大変だなあ、この時期に急に転校が決まるとは……」

「まぁ、中途半端な時期じゃないだけマシですかね」

 俺がそう言うと、先生は「そうかそうか」と言いながらも、なにかを憂うように唸っていた。

 それから少し先生と話をし、先生は最後にこう言った。

「何かやり残したことはあるか?」

「いえ、ありません」

 俺は即答した。本当に何もなかった。

「じゃあこれを貸してやる」

 先生はポケットからカギを取り出し、俺に渡した。

「何のカギですか、これ」

 俺が尋ねると、彼は少しいたずらっぽい表情をした。

「屋上だよ」

「屋上……」

 屋上は普段は閉められており、何の事情もない限りは生徒は入れない。

「どうして俺に?」

「式典まで時間がある。それに、いつも嫌な顔をせずに物を運ぶのを手伝ってくれ

ただろう。そのお礼とでも思っとけばいい。大半の生徒は知らないが、あそこから見る景色はなかなかのもんだぞ」

 彼はそう言って笑った。

「じゃあ、少しだけお借りします」

 俺は一礼し、ポケットにカギを入れた。

「失礼しました」

 屋上へと向かった。



 

 まわりに人がいないことを確認し、カギを使って戸を開ける。

 その瞬間、潮風が体を包み込んだ。  フェンスの端まで行くと、東京湾が綺麗に見える。

 自然のものである海と人工物であるビルが、元からそうであったかのように調和していた。

 奇妙だが、なぜか見ていると落ち着いてくるコントラスト。


 式典が始まるギリギリまで、そこから一歩も動かなかった。




 それから体育館で、校長と教頭によるありがたいお話という名の無駄話を聞き流

し、自分の教室へと向かう。

 教室に入るとまだ先生が来ていないため、クラスメイトたちは楽しそうに話をしていた。

 机に座り、ぼーっとしていると、遥がこっちまでやってきた。

「あー、先生早く来ないかなー。とっとと帰ってご飯食べたい」

「もうすぐ来るんじゃない?」

 そう言っているとガラガラと戸が開き、先生が入ってくる。

 それを見て、みんな各自の席へつく。

「はい、皆さん1年間お疲れさまでした。春休みはリフレッシュして、また4月から頑張りましょう。以上」

 この無駄のなさ、そしてスマートさ。校長と教頭も見習ってほしいものだと思った。

「あー、あと最後に皆さんにお知らせがあります」

 そして先生と目が合う。

 ……それはそうだ、俺がここに来るのは今日で最後なのだ。こうなるのならもっと早く遥に伝えておけばよかった。むしろ何故こうなることを考えていなかったのか。

 しかし、いくら後悔してももう遅かった。

 そして、嫌な予感は的中する。

「菊野、前へ」

 後悔が胸中を渦巻く中、席を立って黒板の前まで移動する。

「えー、突然だが菊野は今年度をもって転校することになった」

 そう言った直後にクラスメイトたちがざわつく。

「最後に、菊野から一言」

 そしてざわつきが止み、全員の視線がこちらに向く。

 なんとかパニック状態の頭から言葉を引きだした。

「このクラスで1年間を過ごせてとても楽しかったです。ありがとうございました」

 そして、クラスメイトの拍手を聞きながら頭を下げた。

「では席に戻って」

「……はい」

 自分の席に戻るときに、遥のほうを一瞥する。

「……」

彼女は茫然として、ただ虚空を見つめていた。





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