第4話 通学と幼馴染

 3月16日、終業式当日の早朝。



 アラームを止め、体を起こし、リビングへと向かう。


 自分の席へ向かうと、いつも通りに自分の椅子だけが倒されている。食卓テーブルも、自分が使うスペースだけゴミで溢れている。

 慣れた手つきでゴミを片付け、そしてやたらと傷が多い椅子を起こし、もとの状態へ戻す。

 昨晩にこってりとしたものを食べたせいか、精神的にまいっているせいか、それとも両方なのか。

 原因は定かではなかったが、全く食欲が湧かない。

 だからといってなにも食べないでいると後でとてつもない疲労感に襲われるので、食パンを1枚無理矢理口にねじ込んでお茶を飲む。


 1分にも満たない朝食を終え、洗面台に向かおうとすると 、父さんの足音らしき音が聞こえてくる。

 案の定、眠たそうな父さんと遭遇する。

「あぁ、おはよう」

「おはよう……あの二人は?」

「由美はパート、信治しんじも今日は出張だとかで始発で行った」

「……そう」

 なるほど、あのゴミはわざわざ朝早く起きて、いつも通り俺のテーブルスペースを荒らし、椅子を倒して仕事に行ったのか。

 ……いったい何が楽しいのか全然理解できないが、毎朝よくやるなー、と思った。


 今度こそ洗面台に向かおうとしたところで、

「少し話す時間あるか?」

 と、父さんが尋ねてきた。



 テーブルには互いに向かい合う形で座った。

 父さんが口を開く。

「引っ越しに関する話なんだがな」

「うん」

「明日の朝に業者に来てもらって、大阪に荷物を送ってもらう。だからそれまでに荷物をまとめておいてほしい」

「わかった」

 高校生の荷物なんてたかが知れているので、きっと遅くても2時間以内には片付くはず。

 終業式は午前中に終わるので、特になにも問題はない。

「あと……はい、これ」

 差し出されたのは新幹線の切符。品川~新大阪と書かれている。14時半発、17時着らしい。

「……わかった」

 それだけ言って、切符を受けとる。

「とりあえず、話したかったことはそれだけだ。悪いな、朝早くに」

「気にしなくていい」

 席を立ち、洗面台まで歩く。ただ無心で歯を磨き、顔を洗う。鏡を見るとひどく顔色の悪い自分の顔が映っていた。


 それから部屋に戻り、制服に着替え、鏡でチェックする。

 この制服を着るのも今日で最後、そう思うと少しだけ勿体ない気がした。

 手短にドライヤーでブローだけする。

 そしてリュックを持ち、玄関で靴を履き替える。


「行ってきます」





 家から駅まで歩き、改札をくぐる。

 電車に乗り、渋谷で人を避けて乗り換える。

 こうやって人ごみの中をかき分けて登校することももうないのだろうか。


 そして新橋駅で降りて階段を登り、水色の定期を取り出し改札をくぐる。

 前方に、同じ学校の制服に身を包んだ茶髪のセミロングの女子を見つける。幼馴染のはるかだ。

 たまたま目が合うと、彼女は口角をあげてこっちの方に寄ってきた。

「おはよっ!」

「おはよう」

 相変わらず元気でなにより。


 そして、二人で一緒の車両に入り、つり革を持って並んで立つ。

 今日も相変わらず人が多い。

「いやー、ここで会うなんてね。もしかしてずっと同じ電車に乗ってたのかな?」

「かもな」

 彼女の家は俺の家と少し近い。十分その可能性はあるだろう。

「なんか元気ないね」

 彼女はぱっちりとした綺麗な目をこちらに向ける。その目には心配の色が浮かんでいた。

「なにかあったの?」

 さらに彼女は聞いてきた。

「俺さ……」

「うん」

 思わず引っ越しのことを彼女に話そうとしたが、今ここで言うことではないと思い、踏みとどまった。

「……やっぱなんでもない」

 彼女は一瞬だけ僅かに目を大きくした。

「……そっか、まぁいろいろあるよね」

 そして彼女は少し寂しそうに笑った。

 その表情を見た途端、少し胸が締め付けられたような気がした。


「あ、ところでさ」

 彼女はふと、なにかを思い出したかのように再び口を開ける。

「今夜、クラスで打ち上げあるみたいだけど行く?」

 打ち上げか。

 興味はあるが、おそらく行けないだろう。

「いや……行かないと思う」

「えー、なんで?」

 彼女は不満そうに問い詰めてくる。

「······夜道が怖い」

 俺は適当にそう答えておいた。

「なにそれ」

 彼女は少し可笑しそうに笑った。


 それからしばらく電車に揺られながら他愛もない話をした。

 ……もっと話すべきことがあるはずなのに、早く伝えなければならないはずなのに、何故か踏みきれない。

 なんとか表情は暗くならないように取り繕いながらも、心の奥底では僅かに、でも確実に、罪悪感のようなものを感じていた。








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