12-1 パン○は兄専用

「チッキショー、ガーディアンズの奴ら、ちょっとアイドル扱いされてるからって、チョーシこいてやがる」


 校庭のベンチに座るおれと啓太の前を中坊男子たちが通りかかった。


「あのデカ女、M4のやつ。馬鹿力で本気でやりやがって。死ぬかと思った」


 そういう男子のクビの周りが手形のような赤いあざになっていた。てゆうか、のようなものじゃなくて、まさにネック・ハンギング・ツリーの手形の痕だろ。どんな技かはヨウツベさんで調べてね。


「M5なんて前は仲が悪かったのに、親友ヅラして『充希は男の人が苦手なんだから近寄るんじゃないわよ』とか言いやがって。自分がモテネーからひがんでるだけだろ」

「まあ、あんな奴ら、おれたちが本気になればどうってことないけど。女相手に本気になるわけにいかないしな」


「わー恥ずかしい。いかにもザコや小物がいいそうな負け惜しみ。てか、番号で呼ぶとかアイドル扱いしてんのは自分たちじゃん」

「おい、相棒。心の声が口に出てるぜ。おまえの妹ちゃんの親衛隊、マミムメガーディアンズとか呼ばれてるらしい」

「それ、命名おれ。ちゃんとwith MOをつけてやれ。モエちゃんがかわいそうだ。あれ、モカちゃんだったかな」

「モエカちゃんだ。M6ともいう」

「なんだ、その会員番号みたいなのは」

「本当に中3の間では学内の美少女戦隊アイドルみたいな扱いらしい。姫を守る戦士という意味でMI6とも呼ばれている」

「充希を守る6人という意味か。戦士たって、そりゃあ、少しは強い子もいるだろうが、しょせん女子中学生レベルだろ」


 何が姫だ。ラスボスの逆鱗に触れたらこの世の地獄を見ることを全校の男子に教えてやりたい。深ーい穴を掘って「お姫様の中身は乱暴者。羊の皮を被ってるけど、野生の熊より恐ろしい」って思いっきり叫びたい。



「義母さん、充希が修行してるのってどんな流派なんですか」


家にはまだ瑞希さんも充希も帰ってなかったので、きいてみた。


「あら、バレちゃったの。お兄ちゃんにも内緒で通ってたのに。そういう方面に疎いから、よく知らないわ。なんか古武術にいろいろな要素を取り込んだ割と新しいなんかで。あんまり弟子もいないマイナーだけど、とても実戦的だそうよ」


 確かに実戦的だ。男子と女子では地力に差がある。持久戦に持ち込まれたらさすがに充希でも厳しい。圧倒的に有利なのは、相手がか弱い少女と思い込んでいることだ。だから、充希は機先を制し、自由を奪っておいて、利き腕を折りに行く。だが、利き腕を折られても立ち上がってくるような本物の強い男子と対峙したら、どうなるんだろう。まあ、この界隈にはいないけど。


「これだけのウェート差があるのに軽々とぶん投げられたら、タダモンじゃないことはバカでも気づきます。いつごろからですか」

「小学校にあがって、2年生ぐらいのときかしら。あっという間に上達して。すごいのよ、小5だったかしら、10歳のとき、20枚の瓦を割って。うちの道場の小学生新記録だって」

「それって、子供用のおもちゃの瓦ですよね」

「ううん。プロが使うマジなやつ」

「それは話盛り過ぎですよ」

「証拠動画見る?」

「こわいから、いいです」


 ありえん。おれは武術には詳しくないが、物理にはまあ詳しい。ああいうのって、拳を振り下ろす力で割るもんだろ。自分の肩より高く積み上げられた瓦をどうやったら割れるのだ。空中高く飛んで、「ハリケーンボルト」とか叫んで拳から落下するのだろうか。詳細は「リングにかけろの石松」でググってね。


「でも、女の子らしくなくなるから、拳を硬くするのはやめるって言ってたわ」

「女の子らしい? 誰が?」

「もっぱら、パンチとキックと投げと絞めと関節とか言ってたわ。絞めと関節って同じ意味だったかしら」

「微妙に違う気がします。おれも詳しくないけど。てか、もっぱらがほぼ全部じゃないですか」

「拳が変形して友だちにバレるような鍛錬はしないようよ。そういえば、お気に入りのグローブをなくしてガッカリしてたわ」

「あはは、そんなもん、どこでなくしてきたんですかね」


 どっかの焼却炉の中で灰になってます。


「投げてよし、つかんでよし、ぶん殴ってよしの万能グローブだったそうよ」

「順番が違います。殴って、つかんで、投げるです。それとも、つかんで、投げて、殴るかな。いや、やっぱり、殴って、つかんで、投げて、絞め上げるか踏み殺すだな。最後はグローブいらないけど。てゆうか、グローブないと危険じゃないですか。素手で殴ったら、相手が」


 グローブが守っていたのは拳ではなく、相手の命だ。


「ダイジョウブよ。充希ちゃんはお兄ちゃん以外には素手で触れないって言ってたから」

「えっ、おれの命は?」

「ダイジョウブよ。お兄ちゃん、攻撃力はほぼゼロだけど、防御力はなかなか大したものだって、あの充希ちゃんが太鼓判を押してたわ」

「ほめられてもゼンゼンうれしくありません」

「ウフフ、『義妹のパンチは兄専用』」


 また、ちょっと意地悪な瑞希さんみたいな目をした。


「何ですか、そのホームドラマみたいなタイトル。小田さんじゃない方の歌にそんなのありませんよね」

「いいじゃない、パンチなら。パンツだと大問題だけど」

「えっ、まさか。これは幻覚ですよね。義母さんがそんな下ネタを?」

「・・・」

「えっと、ともかく、グローブはおれがなんとかします。そうだ、誕生日にやろう」

「まっ、お兄ちゃんが。大喜びするわよ」

「それはやだなあ」

「どうして」

「あいつが興奮すると、たいていおれが痛い目にあうんで」

 文字どおり、物理的な意味で。

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