11-2 いつになったらもめるようになるのよ

「それで、もうお姉ちゃんの胸はもめたの?」

「おまえなあ・・・。もう、いい。お前にお年頃な女子の普通な恥じらいを期待するのはあきらめた。霞が関のエラいお役人さんだったら即クビになって退職金も没収されるレベルのセクハラ発言だぞ」

「それで、もめたの?」

「こら、この部屋でそんな話をするな」

「なんで?」

「全部、本人に聞こえてるんだよ。どうしてかわからないけど」

「ええ、そうなの? じゃあ、どっかに行こう」

「いや、あのね。そういう話をしなければいいだけのことだ」

「いいから、行こう」

「なんで、セクハラ親父みたいな義妹と話すために出かけなければならないんだ」

「へぇ、そういうこと言う?」

 

充希は不敵な笑みを浮かべた。炎の女王のドラゴンのようなオーラが身をおおい始めた。こいつ、格闘家・充希のスイッチを入れやがったな。


「脅そうたってムダだぞ。いくら無敵のお前でも、間合いの外にいればどうってことない」

「あんまり、あたしを甘く見ない方がいいわよ」


立ち上がった。


「なんだ? そんなところからどうする気だ。体術的な攻撃は届かないぞ。カメハメ波か昇龍拳でも打つつもりか」


 おれは間合いを詰められないよう警戒しながら、あおった。


充希は大きく息を吸うと、


「お義兄ちゃんはぁー、お姉ちゃんをぉー・・・」

「わー、その攻撃はダメェ・・・」


あわてたおれは、充希の間合いの中にダイブした。結果は見えてるよね。


 拷問が始まる前にあっさり「参った」したおれは、充希と近くのファミレスにいた。抵抗してもムダだもん。


「そ、れ、で、いい加減、もうお姉ちゃんの胸はもめたの?」

「こら、声が大きい」

「お姉ちゃんに聞こえるわけないじゃない」

「獣人なお前の脳のヒューマン・パートには、人目をはばかるとか世間体を気にするといったセンテンスは入力されてないの?」

「もったいつけてるけど、要するに、もめてないのね。後がつかえてるんだから早くしてよね。いつになったらもめるようになるのよ?」

「何言ってんの?」

「お姉ちゃんの胸がもめるようになったら、次はあたしの約束でしょ」

「はあ? おまえバカなの? 誰がそんな約束するの?」

「だって、彼女にまだしてないから、義妹にできないって言ってたじゃない」

「あの、すみません。みづき空間の論理命題はどうなってるの? 我々が住む三次元空間では、<彼女にもまだしてないようなことを義妹にできるわけがない> イコール <彼女にしたことは義妹にもすべてできる>ではないからね。てか、最初の発言自体もオリジナルから微妙にゆがめられてるだろ」

「そんな細かい事はどうでもいいじゃない」

「どうでもいいわけないだろ」

「そ、れ、で、何をもたもたしてるのよ」

「100%、おまえのせいだ」

「この前は半分以上って言ってたじゃない」

「その後、お前があんな余計なことを言ったから、もう当分ムリに昇格したんだ」

「意味わかんない」

「格闘家のくせに『大リーグボール1号の極意』も知らんのか(注:知るわけありません。だって、そんな言葉ないからね)。『巨人の星』全巻貸してやるから勉強しろ」

「だから、意味わかんないって」

「いいか。果たし合いで、己に勝ち、敵に勝つには、雑念と我欲を捨て、明鏡止水の心持ちにならねばならない。『勝たねば』。『有効打を入れなければ』。このような思いもこれまた雑念の一つなのだ。おまえもいっぱしの格闘家ならわかるだろ」

「うん、なんとなくね」

「お前の強さの秘密は、お前には我欲がないことだ。大会で優勝したいとか、賞金を稼ぎたいとか、チャンピオンになって有名になりたいとか、そういうのな。ただもう野獣のごとき本能の赴くまま体を動かしてるだけだ。そういう無意識に近い本能的な攻撃は達人ですらかわすことは難しい。構えや表情に次の動きが表れないからな」

「なんか、あたし、ディスられてない?」

「何を言う。絶賛してるだろうが。そして、この『大リーグボール1号の教え』は格闘家やアスリートの世界だけでなく、あらゆる勝負事に通ずる」

「さっきからゼンゼン話が見えないんだけど」

「胸をもむのも同じという話だよ」

「なんの勝負よ」

「おお、ナチュラルでいいツッコミだ。ツッコミも同じだ。いいツッコミを入れよう、入れようと必死になって意識しすぎるとたいてい失敗する。何の話だっけ? そう、瑞希さんの胸をもむ事もおれはまったく意識してなかったわけではないが、お前があんなことを言ったせいで、2人とも強く意識してしまった。それじゃダメなんだ」

「ちょっとお義兄ちゃん」

「いいから聞け。目の前に大好きな人の胸がある。胸をももう、ももう、と意識すればするほど、緊張で体が硬くなり、動きがぎこちなくなる。敵にも緊張が伝染し、警戒する。いや、敵じゃないな。まあいい」

「ちょっとお義兄ちゃん」

「いいから聞け。大事なところだ。だから、目の前に大好きな人の胸があっても意識してはいかんのだ。ましてや、いつまでにもんでみせるとか期限を切るなんてもってのほかだ。

 別に胸なんてもめなくてもかまわない。いや、むしろ、一生もまないでおこう。それぐらいに思っていたら、あれっ、いつの間にか。気づいたら、もうもんでた。これぞ、『大リーグボール1号の教え』の神髄だ」(注:故・梶原一騎様、川崎のぼるさん、本当にごめんなさい)

「あの、お義兄ちゃん。拳を握りしめて、力説してるところ悪いんだけど、向こうでさっきからお店のおねえさんが怖い顔してにらんでる」

「えっ」


 とても後ろを振り返る勇気はない。

しまった。おれの方こそ、人目を気にするのを忘れていた。どうしてこうマンガの事になると我を忘れてしまうのか。

 冷静になったら周りにどう見えてるか見えてきた。18歳の青年が14歳の少女に真剣な顔で胸をもむ話をしている。「おにーちゃん」と呼ばせてるが外見はゼンゼン似てない。


「充希、おれ、用事思い出した。急いで帰ろう」


「あれぇ、充希。と、お兄さん」


充希の同級生たちが入ってきた。ガーディアンの中でも充希と一番仲よさそうだった2人だ。充希がおれの隣の席に移ると、2人はおれたちの前に座った。


「お兄さんと2人で来てるなんて、ホントに仲いいのね」

「そうなのォ」


充希はおれの腕に抱きついてきた。


「いや、おれは拷問にかけられそうになったから、イテッ」


その鋼鉄のようなつま先で蹴るんじゃねえ。どうやったら、その角度からトーキックを入れられるんだ。


「クラスメートの美海ちゃんと実桜ちゃん」

「ミばっかりなんだね」(注:めんどうなので、マンガからぱくりました)

「そうなの。なんかミが三つって縁起がいいでしょう。それでなんとなく仲良くなって」

「それで、ガーディアンの2人か」

「ガーディアン?」

「充希に寄ってくる虫を駆除してるって噂を聞いたんだけど」

「マミムメモンのことね」

「?」

「あのね、ほかに真綾ちゃん、睦美ちゃん、芽郁ちゃん、萌花ちゃんがいるの」

「名前だけはアイドルグループみたいだね」

「ああ、ひどーい。そりゃあ、お兄さんの彼女さんには誰もかなわないですよ。まあ、充希を除けば」

「いや、そういう意味じゃないんだけど。マ行だけじゃなくて、2文字目はアイウエオンもそろってるんだね」


 ここで考えるより先に「君たちだってとってもかわいいよ」とか言えれば満点なんだろうな。だが、世の中には、思ってもいないセリフを平気で口にできる男子もいれば、おれのように本気で思っているからこそ言えない男子もいるのだ。


「ホントだ。マミムメアイウエオンっていいわね」

「萌花がかわいそうでしょ」

「ガーディアンなんて大げさね。みんなが男性恐怖症とか話を大きくするから。別にそんなことはないの。ただちょっと、男の人に触ったり、触られたりするのがイヤなだけ。触られそうになると・・・、ぶん殴って、絞め落としたくなるだけよ」


 充希の中に怒気というやつが充満した。一度ドラゴンのオーラに包まれると、スイッチを切った後も、しばらくは体内をオーラが循環しているのだろ。こうしてちょっと気を入れると、瑞希の周りの空間が陽炎のようにゆがみ始める。おれにしか見えてなくても、他人にも何かしら伝わるモノはあるだろ。


「・・・」

「やあね、冗談に決まってるでしょう。男の人に触れないのに、殴れるわけないじゃん」

「そうよねえ」


さっきからおれの左腕を血が止まりそうなぐらいぐいぐいつかんでるのは誰だ。さらに言えば、30分ほど前、おれの腕とえりをつかみ、足を払ってぶん投げ、マウントしたのは?

 格闘モードで余ったオーラがムダに強い力を発生させている。風のエネルギーを取り込んだ仮面ライダー1号・本郷猛みたいだ。きっと傷口とかもみるみる塞がるに違いない。

 ガーディアンズの2人も少し引いてるぞ。


「お義兄ちゃんは特別なの。ねっ」

「ホントに仲いいですね」

「まあ、幼児の時からいっしょなんで。もう実の弟みたいな感覚だよ」


「さっき、ウェートレスの人たちが『あのお客さんたちが帰ったら通報しようか』とか言ってたけど、どうかしたんですか?」


 あわてて出なくてよかった。ガーディアンたちのおかげで誘拐犯の冤罪から救われた。


「それがねえ、お義兄ちゃんたら・・・イタイッ」

「おい」


おまえは学校で猫かぶってるんじゃないのか。何のカミングアウトをする気だ。あんな話になったのもすべてお前が原因だ。おれを巻き添えにするんじゃねえ。


「古いマンガの話をしてただけなんだけどな」

「マンガが好きなんですか」

「まあ、そうね。古いモノから新しいモノまで、名作と呼ばれるモノはすべて読んでいると言っても過言ではない」

「あきらめたら試合終了ですとかいうマンガですか」

「『あきらめたらそこで試合終了ですよ』ね。それより古いのもあるよ。『もっと上からの命令だ。我らデーモン族の神』とか昭和の作品」

「ええ、昭和! 100年前じゃないですか」

「いや、違うけど。50年前。世界の漫画史上に残る最高傑作といっていい」

「おんなじじゃないですか」

「まあね」


中学生にとって、生まれる前は昭和も大正も元禄も全部いっしょだろうけどね。


「お兄さん、ごちそうさまあ」

「いえいえ、助けてもらって安いもんですよ」

「はあ?」


誘拐犯として捕まったら、この千倍は保釈金がかかる。


「でも、さっきの充希、ちょっとこわかったよね」

「いつもは平気そうに明るくしてるけど。やっぱり、トラウマになってるんだよね。やっぱり、わたしたちが守ってあげなくちゃ」


 そうよ、6人の戦士たち。頑張って仕事して、マミムメ・ガーディアンズ+モ。おバカだけど罪のない男子たちを野獣に近づけさせないで。事件を未然に防げるのはあなたたちだけなのよ。


 あーあ。今回も瑞希さんに会えなかったよ。

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