11-1 偽りのヒーローとブラコン (又は) 恐るべき母娘たち
「よう、ヒーロー。なんかこの前のこと、すごい噂になってるらしいぜ」
啓太が中学の校舎の方を見ながら言った。
「どんな噂だ」
あんまり聞きたくない気もする。
「おまえの妹が、ふられて逆恨みした男子生徒に襲われそうになった。かけつけたお兄ちゃんとその友人に助けられて無事だった。だが、そのショックで男性恐怖症になったんだそうだ」
「恐怖症? おれは聞いてないぞ」
全人類に恐怖を与える大魔王みたいな存在が何言ってやがる。
「お兄ちゃんだけは別なんだと。同情した女生徒たちがガードを固め、男たちを近づけさせないそうだ。それまでは、むしろ、妹ちゃんがもてるのが気に入らなくて意地悪だった女生徒が新たな親友として加わり、とても熱心に虫除けをやってくれてるらしいぜ」
「女子の友情、コエー」
「中学生だとまだ男より大柄で屈強な女生徒がいるだろ。男が妹ちゃんの靴箱や机に触ろうとすると、ネック・ハンギング・ツリーの刑にされたりするようだ」。
ホントは守られてる方がもっと強いんだが。
「それでひそかにまた人気急騰だ。『守ってあげたい』と。男は庇護欲を刺激されると弱いからな」
「庇護欲なんて似合わない言葉を使うな。どうせまたお前の好きなイケナイマンガのシーンに出てきたんだろ」
あんな猛獣にほれてる見る目のないバカ男子ども、女子たちに感謝しろ。本当に守られてるのは貴様らの方だ。ちぇっ。おれも例外でなければ完璧なのに。
「何もしてないのに、おれまでヒーローの仲間入りで悪いな」
おお、友よ。本当はおれだって何もしてないんだ。真相を知ってるのはこの世で3人。いや、瑞希さんにもばれてるだろうから4人。
「自業自得とはいえ、哀れなのはストーカー君だ。妹ちゃんは名前を明かさなかったと思うけど、誰なのかはすぐわかってしまう」
周りから白い目で見られても、約束を守って沈黙しているんだな。まあ、真実を話したところで、バカなストーカー野郎といたいけな少女(見た目だけ)のどちらの言うことを信用するかは明らかだ。ホント、女子の涙ってズルイ。
まあ、ホントにか弱い女子だったらひどい目に遭わされていただろうから、同情の余地はカケラもないが。前科もあるらしいし。
「おい、充希」
充希の周りを文字どおり取り巻いているガーディアンの女子たちが一斉にこっちをにらんだ。コエー。
だが、おれだと認識すると警戒感が一気にゆるんだ。
充希が抱きついてきた。
「こら、そういうことをするな」
なんか、女子たちがほほえましいモノを見るような生暖かい視線を送ってくるのが気になる。
「お兄ちゃん、あたしいつまでもみんなに頼ってちゃいけないと思うの。だから、強くなろうと思って」
おい、県大会でいいところまで行く高3の柔道部のキャプテンだって、短期決戦に持ち込めば「参った」をさせられる怪物クンが何言ってやがる。
「お兄さん、充希はね・・・」
この前、充希が抱きついていた女子が話しかけてきた。
「キャー、言わないでェ」
「あのことがあってから、ちょっとお兄さんのこと、意識してるらしいですよ」
「やっぱり怖い目にあったときに助けてくれる人がいいわよね」
それは無理だ。助けてくれる人より以前に、怖い目にあわせられる男子がいない。るーみっくわーるどの至言だ。
「ええ、きょうだいなのに? ブラコン?」。
ガーディアンの1人が大げさに目を見開いた。
「知らなかったの? 充希とお兄さんは本当のきょうだいじゃないのよ。きょうだいでも血がつながってなければ結婚できるんだから。でえもお、チョー手強いライバルがいるんだって」
「えっ、誰、誰?」
「ほら、高3にすごいきれいな人いるじゃない」
「あの噂の転校生?」
「それがね、すごいんだよ」
「何が?」
「あの人ね、名字が違うけど、充希のホントのお姉さんなんだって」
「キャー、姉妹で。しかもお兄さんを。ドラマみたい」
「もう変な事言わないでよ」
充希は走り去っていった。ガーディアンたちも追いかけていく。
立ちくらみがしそうだ。なんだ、あの、虚構に満ちた世界は。全部、ウソじゃないか。
男子の兄弟しかいない男子は、女子の表の顔だけ見て、幻想を抱いてると思う。これまでおれが恋愛に臆病だったのは、もちろん、モテナイせいが大きいが、女子の裏の顔のひどいサンプルを見続けてきたせいもある。おそらく父親だって娘の本当の裏の顔を把握しきれていない。夫にすら見せない女子も多い。女子の本当の裏の顔を知っている男子は兄弟だけなのだ。
「よー、ヒーローおにーちゃん。噂になってるぜ」
啓太がニヤニヤしながら寄ってきた。
「どんなのかだいたい想像つくよ」
「清楚で物静かな高3転校生と中3女子人気ナンバーワンの美少女姉妹がさえない男子生徒を取り合ってるって」
「やっぱしね。思った通りだ」
すでに落札済みのモノを取り合ってるって、おかしいだろ。おれたちは正式なカレカノだ。
その夜は瑞希さんの部屋に説明に行った。だって、いくら何でも今度は聞いてなかっただろ。
「ごめんね。変な噂がたって」
「お兄さんのせいじゃないし。それにちょっと面白いからいいです。告白してくる人がいなくなるのも都合がいいし」
へえ、この学校にも瑞希さんに告白するような骨のある男子がいるんだ。表面上はフレンドリーで近づきやすい充希と違って、けっこう気後れすると思うんだが。
そういえば、告白もせずにいきなりキスするような頭のおかしい男子もいたっけ。いま、瑞希さんの目の前に。
「でも、充希ちゃんはすごいですね」
「そう、あいつはヒクソン・グレイシーの生まれ変わりだと思う。まだ死んでないけど」
「いえ、そうじゃなくて」
「じゃあ、何が」
「全部、計画通りなんですね。前の日にお兄さんに相談に行ったのも。制服に泥を付けて持って行ったのも。尾行されているのを、わざと啓太さんに目撃させたのも。いろいろな問題を一挙に解決するための」
「ええっ、そんな」
よく考えればそうか。
啓太なら必ずおれに知らせる。他人には見つけられなくても、おれだったら必ず充希の行き先を予測できる。いや、むしろ、おれが予想するであろう場所を選んだのかもしれない。あの公園は、この辺に引っ越して来る前から、よく来て、2人で遊んだ場所だ。
これで、めんどうな告白を受けなくてすむ。ほかの女子からの嫉妬もなくなった。本性を知られたくないから、つきまとわれるのも困るが、あんな事件の後で充希につきまとう勇気のある男子はもう出ないだろう。そのくせ、自分は、「助けてくれた」おれに甘えるようにくっついても誰にも咎められない。
おれの想像を超えて「恐るべき子供たち」な義妹だった。
それを易々と見破る瑞希さんも何だか恐ろしい。
「実の姉妹だから。それに私も中学の時、似たような事で悩んだから充希ちゃんの気持ちはわかります」
えっ? 瑞希さん、いま、おれの心読んだ?
どうして、この3人母娘は血もつながってないおれの心が読めるの。テレバスなの。サトリなの。
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