10-1 胸をもませてあげて

「なんだ? 恋愛相談なら瑞希さんに頼めって言ったろ」


性懲りもなく、充希がやってきた。


「そういうんじゃなくて。この前断った同級生がしつこくて面倒な事になってるの」

「なんだ、瑞希さんにはわからなくても、おれならストーカーの気持ちがわかるだろうとでも言いたいのか」

「そうは言わないけど。お姉ちゃんみたいなモテル人にはわからないのは確かね」

「言ってるじゃねえか」


てゆうか、ストーカーの気持ちが一番よくわかるのはお前だろうが。部屋に戻って鏡を見てこい。


「ねえ、どうしようか」

「確かに難しいな。そうだ、柔道場で公開試合はどうだ。あたしに勝ったらつきあってあげるとか言って、二度と立ち上がれなくなるぐらいボコボコにするんだ。これからは誰もコクって来なくなるから一石二鳥だぞ」

「お兄ちゃん以外の男の人に触るなんてイヤよ。あたしが技をかけられるのはこの世でお兄ちゃんただ一人だけなんだから」

「そんな愛情ほしくないぞ。てゆうか、悪名がとどろくのはかまわないのか」

「有名になるのもイヤ。柔道部とかがスカウトに来たら困るもん」

「いや、悪名だって」

「そうだ、いい考え。ベンチに座って、お義兄ちゃんとキスしてるところを見せつけてあげようよ」

「却下」


こいつ、発想がおれと同じだ。実の兄妹なら「やっぱり血は争えないわね」って言うところだ。


「どうして」

「義妹とはキスしない」

「お姉ちゃんだって義妹じゃない」


 ここ数カ月、この義兄妹コント、何千回もやった気がする。もううんざりだよ。


「瑞希さんは義妹じゃない。彼女だ」

「じゃあ、あたしも彼女になってあげるわよ」

「何で上からなんだよ。おれはアラブの王族じゃない。彼女の定員は0人以上1人以下と決まってる」

「じゃあ、しょうがないから愛人か2号で我慢してあげるわよ」

「だから、どうして上からなんだよ。平成も終わろうってのに、そんな昭和みたいなことが許されるか」

「ばれなきゃいいじゃん」

「こら、近づくな。お前のリーチが届く範囲内は接近禁止だ」

「何を怖がってるの?」

「お前、格闘家・充希とは別人格なのか。変身してる間は記憶がないのか。おれを拷問にかけたことを忘れたとは言わせないぞ」

「拷問?・・・。もしかして、せ・い・あ・つのこと? あれはお義兄ちゃんが意地悪して避けるから、ちょっと意地悪しただけじゃない。もうあんなことしないわよ」

「よくそんなウソを付けるな」

「それに・・・。あたしだって・・・。初めてのキスはムリヤリはイヤ。お姉ちゃんみたいにしてほしい」


なに、この本物のいたいけな少女みたいに見えるのは誰? すごい演技力だ。学校の男子はみんなだまされてる。


「人間に化けて地球を侵略に来たインベイダーの正体を知ってるのは世界中で唯一人おれだけ?」みたいな孤独な気分だ。


「じゃあ、こうしよう。ベンチに座って、お義兄ちゃんが胸をもんでるところを見せつけてあげようよ」

「却下」

「ええ、キスじゃなきゃいいでしょ」

「そんな理屈があるか。何が悲しくて、彼女にもまだしてないことを義妹にせにゃならんのだ」

「えっ、してないのっ!」

「心の底から意外って顔するんじゃねえ。悪かったな、ヘタレな義兄で。てか、半分以上お前のせいだ」


 初めて彼女ができた思春期の純情な男子が、彼女との仲をキス以上に進展させることは、脳の対人関係分野を99.8%動員しなければならない大事業だ。その貴重なリソースの70%以上を毎日毎日、充希対策に奪われてるんだよ、おれは。おちおち彼女とキスもしてられねーじゃないか。


「瑞希さんのシーンが全然出てこないですねえ」っていう天の声が聞こえてるよ。


「あたし、邪魔なんかしてないじゃない」

「彼女とのデートに使うべき休日を強奪したのは誰だ。存在自体が邪魔だ」

「ひどい。じゃあ、練習台に・・・」

「却下」

「じゃあ、あたしがお姉ちゃんに頼んであげる。『胸をもませてあげて』って。それで、お姉ちゃんとうまくいったら、今度はあたしがさせてあげる」

「なんで、急に上からなんだよ。絶対ダメ」

「どうして」

「そういうのは、頼むのも、聞くのも、許可を取るのもダメ。もっとこう自然な流れで・・・、っておまえは、義兄に何を言わせるんだ」

「あたしが頼むんならダイジョブよ」

「おれが言わせたと思われるだろっ」


いつものように小田さんじゃない方が流れてる朝の食卓。


「ねえ、お姉ちゃん」

「なあに?」

「お義兄ちゃんがお姉ちゃんの胸もませてほしい、って」

「おい、おい、おい、おい、おい、何言ってんだ、この爆弾小娘は。義母さん、おれは絶対言ってませんから。そんな目で見ないでください」


義母は、瑞希さんがちょっと意地悪なことを言うときのジトッとした目と同じような目をしてこちらを見ていた。


「あれっ、言ってなかった? そうだったっけ? でも、思ったよね」


思ってない事はないけど。思うのは自由だろ。思うのと、思ってる事を口にするのは違うよね。


「無断で人の心を代弁スな」


「じゃあねえー」


 充希も義母と同じような目をして、舌を出すと、出て行った。わあ、この3人母娘、やっぱり血は争えないわ。

 なぜか制服ではなくジャージを着ていた。1限目からランニングでもあるんだろうか。


「こら、爆弾落としといて、逃亡スな。・・・。あの、瑞希さん、」

「説明しなくていいですよ。全部、聞こえてましたから」

「ああ、やっぱり。どうしていつも聞こえてるの」

「それで、わたしが充希ちゃんのふりをしてベンチに座って、胸をもまれてるふりをしてるところを見せつけてあげればいいんですよね?」

「そんなわけナイッショ。どう聞こえてたの?」


 しかし、充希の瑞希さんのマネもまあまあ似てたけど、逆はどうなんだろ。瑞希さんと中学制服プレイはしてみたい気がする。いや、見るだけッスよ。そんな疑似ロリコンプレイみたいなことはしないッスよ。


「それともキスしてるフリでしたっけ? ああ、でも、フリじゃなくても」


「あら、私は何も聞いてないわよ。何の話?」

「本当に何でもないんです。充希はね、いつもあういうタチの悪いジョークを言うんです。それだけのことです」


 くそっ。意識しちゃうじゃないか。これでまたゴールが遠のいた。胸に到達できるのは半年後だな。大リーグボール1号の教えは厳しい。

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