3-4 歯形ですけど、何か そんなわけあるかあー。どう見ても・・・

そんなわけあるかあー。どう見ても歯形だろおー。という女医の心のツッコミが聞こえる。


 放課後、おれは親にばれないように持ち出した保険証をもって、学校近くの外科医院を受診した。

「ひどい内出血ですね。いったい、どうしたんですか」

「ベッドから落ちたら、思いっきり机の足の角にぶつけちゃって」


 辱めに耐えたおかけで、診断書がもらえたからこれで水泳は見学でOK。

ああ、恥ずかしかった。あの女医さん、「この子10代だってのになんてアブノーマルなことをしてるんだ」とか思ってただろうな。胸が痛むよ。精神的にも肉体的にも。

 どうしてこんな目に遭うのか。どんな悪いことをしたって言うんだ。

だって、あんなきれいな女子といっしょに住むことになったら。義妹だなんて言われたって、意識しちゃうよ。好きになっちゃうよ。

人を好きになるのが罪なのか。だからって充希のことはどうでもよくなったわけじゃない。大切な家族であることにはなんにも変わりはないじゃないか。おれはあいつにちっとも大切にされてこなかったけど。


 また、都合の悪いところを瑞希さんに見られてしまった。

「どうしたんですか」

「実は野良犬にかまれまして」

「大丈夫ですか」

「義母さんたちには黙っていてください」

「やさしいんですね」

瑞希さんはやはりきれいだった。あんな最高レベル危険生命体を1秒でもこの清楚で美しい存在と見間違えるなんて。

「いや、俺が恥ずかしいんで」

 充希もほんの少しだけとはいえ反省の念が芽生えている。話が大きくなったら傷つくだろう。というのもある。いずれ親にばれるにしても、せめてかみ傷かどうか判別がつかなくなるぐらいまではばれたくない。

「本当に、お兄さんは充希ちゃんに何をされても絶対に手を上げないんですね」

「どうしてでしょうね。昔、充希があんまりひどいんで軽く反撃したら、親父にむちゃくちゃされたことがあって。『おんどりゃあ、大切な義娘に何してくれとるんじゃ、わらあ』みたいな見たこともない感じで。それがトラウマになってるんじゃないかな」

「覚えてないんですか?」

「なんのことですか?」

「いえ」


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母と話す瑞希。

「お兄さんはインフルエンザのこと、覚えてないのね」

「お姉ちゃんは覚えていたの」

「だって、あの時から・・・」

「そう、あのときからお兄ちゃんは充希ちゃんに絶対手を上げなくなった。頭では覚えてなくても、心のどこかに思いが残っているのよ。充希ちゃんを二度と傷つけないって」


10年前、病院の集中治療室前の廊下にいる蒼白な表情の義母とまだ幼い兄。小学校で兄がうつされてきたインフルエンザが充希にうつったのだ。充希は軽い脳症を起こし、救急車で運ばれていた。

そこに実の父(義母の元夫)に連れられた瑞希が来る。父が瑞希に言う。

「子供は入れないんだ。1人で行ってくるからここでお母さんたちと待っててくれ」

兄は義母に問う。「ねえ、おれのせいなの? おれがうつしたから?」

義母は兄を抱きしめる。「絶対にあなたのせいじゃないわよ」

号泣する兄。「おれのせいで、おれのせいで、充希が・・・」

後ろから兄の頭に手を置く瑞希。

 充希はステロイドや抗ウイルス薬の治療で回復した。幸い後遺症もなかったが、幼児にとってインフルは命に関わる病気だ。

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