2-1 間違えちゃった



 9月になっても30度を超える日々が続いていた。午後の一番たるい時間、担任の日本史の授業。なぜか今ごろ、平安時代の話をしていた。

「この時代、異母きょうだいの結婚は普通で、よくあった。だが、この時代でも同母きょうだいの結婚はない。この違いがわかるか? この時代は通い婚が基本だ。貴族の男はそれぞれの女性の家に通う。生まれた子供は母の家で育てる。従って、同母であれば同じ家で育つ。しかし、異母きょうだいは別な家で育つから、きょうだいという意識がないんだ」

 へーえ。なるほど。血よりも環境か。おれはかなり食いついた。

「現代でもそうだ。親の事情で、別々に育った異性のきょうだいが君らぐらいの年でいっしょに住むようになったが、きょうだいと思えず、どうしても異性として見てしまい、困ったという体験を聞いたことがある」

「お兄ちゃん、やっぱりそういうもんか?」

啓太が小声で言う。

「うるさいぞ。おれは授業に集中しているんだ」

 そうだよな。実のきょうだいですらそうなのか。だったら、ほんの数日前まで友達の友達ぐらい赤の他人だった年ごろの美少女が「今日から妹よ」と言って同じ家に住み始めたおれの気持ちも察してほしい。もう意識しまくりでしょう。

幼児のころからいっしょに泥だらけになって遊んでいた充希なら実の兄妹を通り越して、実の兄弟すらあるんだが。公園の砂場に行ったらおままごとより泥だんごを投げ合う方が好きってやつだったから。



 ***のがすなチャンスを いまこの時がその時かもしれない***

                   (「のがすなチャンスを」鈴木康博)


 そのクソ暑い帰り道。「家に着いたら充希に聞いとかないとな」。オフコースの小田さんじゃない方を鼻歌交じりに歩きながら明日の予定が気になっていた。充希の答えによっては明日の自分の行動がどう分岐するか。シミュレーションしながら炎天下をぼーっと歩く。家に入ると、ちょうどリビングに充希がいた。

「みづき、明日のことなんだけどさ」

振り返ったのが充希ではなく瑞希さんだと気づくのに2、3秒かかった。

「ごめん。まちがえちゃった」

 自分のミスに動揺したが、それ以上に瑞希さんの不審者を見るようなショックを受けた表情がショックだった。

だが、似ていたのだ。家の中でしか使わないめがねをかけ、パソコンの液晶画面に向かってキーボードを打つ斜め後ろからの横顔が。服の微妙なセンスやいつもと違う髪形も。

初めて2人は本当の姉妹なんだと思った。

パニックを起こしたおれはそのまま自室に逃げてしまった。


 夕食の時も瑞希さんはなんだか冷たくよそよそしい感じがした。いや前からか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る