猫と猫にまつわる紛争
猫がいる。
それも、二匹の猫がいる。
二匹は野良である。寄る家もなく日がな人家の間をいっては眠りこけたりする。大抵の場合において痛烈な空腹感に襲われているが、死んでいないということは何とか食えているということになる。まこと、野良猫とは不思議な生き物だと思わされる。
さて。
『すべての幸福な家庭は互いに似ている。不幸な家庭はそれぞれの仕方で不幸である』と書いたのはレフ・トルストイであるが、この野良猫たちにも野良たる所以と、それに纏わる不幸が存在している。
二匹は仲が悪い。
それはもう、心底仲が悪い。
きっかけはそう大したことではなかったはずなのだが、何分これらは猫であるため、そのきっかけというのが全く記憶にない。ただあいつは敵だ、という思い込みだけが脳裡に強く焼き付いているのである。
この二匹の猫を半径1m以内にいれてはならない。
必ず喧嘩する。
それもわりとマジな部類の喧嘩であり、以前は三匹であったが、一匹減って二匹になっても未だに喧嘩をしている。一匹はこの猫と猫にまつわる紛争における犠牲者である。いや正確には犠牲猫であるわけだが、これの読みを筆者は知らないので犠牲者で通していきたいとここに宣言する。
さてその猫は喧嘩は不得意で、野良猫に必要な図太さに若干欠けていたようであるが、その分、ヒトに愛されるという天性を持ち合わせていた。
ヒト!
ヒトというのは実に、実に勝手な生き物である。
ヒトにとって可愛い猫というのは概ね不器用であったり、或いは人心を惑わす術を熟知した小狡いものであったりする。実態として、その犠牲者である猫は前者に相当するものであったようで、三匹の喧嘩で大体こいつは身を引いて、故に常に痩せ細っていて背丈も小さく、そしてヒトという生き物は身勝手であるから、自分の家にそれら猫を招き入れる気などさらさらない癖に、こうした可愛げのある猫にメシなどを食わせてやってしまうことがあるわけなのだ。
さて。
この、犠牲者となる野良猫はこうしてヒトなる身勝手な生き物に好かれ、餌などを頂戴する身の上となったわけであるが、黙っちゃおれんと出てくるのが残りの既存の猫二匹である。喧嘩でも弱く縄張りから弾かれているこの犠牲者となる猫が何故かタダ飯を食うことの出来る立場になっていることにひどく納得がいかない。端的に言えばその、納得がいかないとか、生意気だとか、じゃああの野郎をシメてしまえだ三味線の材料にしてやれだと思うようなその性根こそがヒトから好かれぬ最大の要因なのであると知ってか知らずかは分からないものの、取り敢えず二匹はその一匹をいじめ抜いた。
何とかしてその猫の餌はがめる。見かければ取り敢えず殴る。猫パンチではなく、爪が出ているマジな方である。そうしてやがて、ヒトに気に入られたその猫は傷が膿んだか何かの理由で犠牲者となってしまい、ヒトは大変それを悲しみ、花瓶を置いて花などを差し込んだりしている。
こうした情緒について先述した二匹は全く理解を示さないわけであるが、猫は猫であり、ヒトはヒトであるため、こうしたディスコミュニケーションが発生するのも致し方ないことであろうと思われた。
さて。
ヒトという生き物は身勝手なわりに何かとモノを用意したりするのが得意であるから、このヒトなる生き物はたかが野良猫一匹のために(たかが、と割り切ることができないからヒトは愚かな生き物なのである)猫砂を用意し、猫が眠ることの出来るよう分からん小屋などを用意していた。
ここに一匹の猫がかつて存在していたわけであるが、この猫は不幸にも例の二匹によって還らぬ猫となっている。
ここにつまり、絶好の空白地帯が生じるのである。
猫二匹はここに居座り始め、ヒトの方は自らが愛していた野良猫(非常にアイロニカルな表現である)をやった犯人が二匹であるとは露も知らぬのかどうかは全く定かではないが、この二匹に餌付けをし始めた。
ところが問題になるのは、この二匹の仲の悪さである。
餌を貰えばより早く食べ、相手の分を奪いにかかる。
例のよう分からん小屋を巡って争い、挙句の果てにいつでも逃亡可能なようにその小屋の上に寝始め、哀れクッション風のその小屋はぺしゃんこに潰されてしまう。
そしてこの二匹は、どんな時間であろうと空腹を感じれば鳴き声……と呼べるかは定かではない、あの猫なる愛玩動物の仲間とは思えないようなだみ声をあげはじめるのである。
その鳴き声とはつまり
「にゃあ」
などというような可愛げのあるものではなく、概ね
「なあ」
であり、さらに正確を期して表現するのであれば
「な゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
である。これに心底困らされているのが隣の家に住む作家志望を名乗る無職であったらしいのだが、こと社会的評価においては野良猫と大差がないので顧みられることはなかった。
しかもこの二匹。
仲は悪い癖に、この餌をねだる独特なだみ声を発する瞬間だけは喧嘩をせず、二匹とも餌をねだるようになるわけであるが、二匹もやはりたかが野良猫であり、餌が貰えないとなるとどっちが悪かったのか言い合いになるのか最終的にけたたましい音や威嚇の後に大喧嘩をする。何せこの二匹は例の三匹だった頃から喧嘩をし合い、そうして生き残った側であるわけで、この喧嘩というのも中々壮絶であり、つまりこの二匹は一つの猫砂。一つの小屋。二つの餌を巡って相争い、この喧嘩は果てしなくかつ過激で、ヒトはその様や声を聞いては飛び出して叱りに行くものの、当然生物としての種類が全く違うわけであるから暖簾に腕押しというか、つまり通じていない。故に、今も喧嘩をし続けている。
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