陽炎の線路
遠くに連なる深緑の山たちが僕を見下ろす。一両編成の車両が行き来するローカル線の終着駅に、僕は居る。季節は夏、ここでは人の声よりも車の音よりも、蝉の鳴き声の方がずっと大きい。
「まるで異世界だ」
僕の何気ない独り言に、たった一人しか居ない駅員は律儀に答えを返す。
「すんませんねえ。ここ田舎でしょう」
「いえいえ」
「ここらじゃあ人より蛙や蝉のほうがよっぽど多くいるんでねえがなあ」
駅員は、その訛った口調で延々と僕に言葉をかける。
「ところで、陽炎村はどっちですか?」
「……ん。んああ。あそこね。前まではあそこまで列車通っでだんだげどもね。今はねえんよ」
「あら。じゃあどうやって行けばいいと思います?」
「あー……ここらじゃタクシーもねえっすからね。田舎ですから」
しきりに田舎だと話す駅員だが、楽しそうなその表情からはこの土地への純粋な愛着心が垣間見える。
「そーだ。どうせもう列車通ってねっすから。線路の上歩いていきゃいいっすよ」
「え、いいんですか?」
「内緒ですかんね?」
そう言って、駅員はその顔に微笑を浮かべた。
僕は、苔むした線路の上を歩き出す。一歩進むたび、腐りかけた枕木がぎしと音を立てる。僕の後ろには線路しかなく、僕の前には陽炎の浮かぶ赤錆色の線路が、遠くまで続いている。きっと、あの子は、線路の先。陽炎の先に居る。熱に浮かされ、ゆっくりと歩くの僕の横を、涼やかな風が通り抜けた。
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