【七月二二日 午後四時二十分】
「――――一体、どこに行ったのかしら。」
時刻は十六時を回り、あれほどいた人の群れも疎らになってきた。
捺澄にユウマを任せてその場を離れ、戻ってきたら誰もいなかった。しばらく待っても戻ってこないので、再度サービスセンターに向かい、呼び出しをしてもらったが、音沙汰が全くない。
日が傾き始めている。これほど待っても来ないというのはどういうことなのだろう。
(サービスセンターからの呼び出しに応じない、ということは、もうここにはいないのかしら・・・。)
そうだとすれば、帰ったのだろうか。しかし、ユウマは帰ったところで家の中に入れない。何より、自分で狙われているというのだから、一人でどこかに行くということはないだろう。
「・捺澄先生と、どこかに行っているのかしら。」
捺澄も知り合いだと言っていた。そう言う彼の顔はいつものあの笑顔だったが、ユウマの方は、何か言いたげに彼の顔を凝視していた。
(・・・どんな関係なんだろう。)
戻ってきたら聞こうと思っていたのに。
(彼は・・・、ユウマは一体何者なんだろう・・・。)
「・・・あら、せっかくの休日なのに、貴女に遭うなんて、不幸極まりないわ。」
私が頭を抱えて悩んでいるというのに、その声はやけに明るかった。
「・・・私も遭いたくなんてなかったわ。どうして声なんか掛けたのよ。」
「だって、貴女が悩んでいるみたいだったから、内容を聞いて馬鹿にしてあげなくちゃいけないじゃない?」
「そんな気遣いは無用よ。貴女こそ何してるのよ、美樹。」
美樹は、いつもとは違う私服姿でそこに立っていた。いつもの貼り付けた笑みをこちらに向けている。
幸い、あの寒気のする表情はしていない。
昨日の朝から一言も話していなかった。できれば夏休み中も顔を合わせたくなかったが、やはり考えていることがどこか似通っているらしい。この施設で遭うとは。
厭味ったらしい笑みを貼り付けたまま、美樹は手に持っている紙袋を持ち上げた。
「もちろん、買い物よ。」
「・・・珍しいわね。貴女がそれだけの荷物で終わるなんて。いつも大荷物で汗を垂らしながら歩いているのに。」
「私も色々と学んだのよ。これ以外全部自宅に送ってもらったわ。」
彼女の表情は変わらない。いつもの美樹だ。私は半ば安心して、彼女と会話を続ける。
確かに効率がいいかもしれない。彼女から覚えたというのは癪だが、私も見習おう。
「貴女だって、人のこと言えない量の荷物を両脇に抱えているじゃない。どうにかしたら?」
四人ほど座れそうなベンチ一杯に置かれた荷物を指して、彼女はにやにやとし続ける。
育った環境が似ているとこんなところまで似てしまうものかと、私は溜息を吐いて立ち上がった。
「・・・一人じゃ運べないから今から送るところよ。貴女も手伝いなさい。」
「良いわよ。今日は気分がいいし。」
当然断られるだろうと思っていたので、私は驚いた。まさか、彼女が私の頼みを引き受けるなんて。
「・・・天変地異でも起こるのかしら・・・。」
私の言葉を無視し、彼女は歩きはじめる。しばらくして、私も後を追った。
手続きを済ませて外に出ると、辺りは薄暗くなっていた。一度ベンチに戻ったが、相変わらずユウマと捺澄の姿は見当たらない。
「・・・やっぱり、居ないわね。」
ぽつりと呟くと、その言葉に美樹が反応した。
「誰かと来ていたの?」
「え、えぇ。ちょっと、ね。」
まさか、拾った勢いで同棲している男の子と買い物に来ていた、なんて言えるわけがない。
私が答えをはぐらかすのを見て、なぜか彼女が微笑んだ。
「――――それって、白い男の子?」
「・・・え?」
私は立ち止まる。彼女は微笑を貼り付けてこちらを見詰める。
「貴女、何で・・・。」
「昨夜、たまたま貴女の家から出てくる彼と遭ったの。」
昨日、ユウマは外出していた。その時に出くわしてしまったのだろう。ずっと隠して居られるとは思っていなかったが。
「まさか、貴女とユウマが親しいとは知らなかったわ。」
私は驚きで言葉が出ない。
美樹も、彼のことを知っている。
一体どういうことなのだろう。私と美樹はほとんど同じ環境で過ごしている。彼女の交友関係に興味はないが、それでも全く知らない人間は居ないはずだ。
(捺澄先生といい、ユウマは一体・・・。)
どうもおかしい。私の周りで、私の知らない事柄が着々と進んでいるような感覚。私だけが知らない世界。
―――ぽこぽこ、ぽこぽこ・・・。
――――本当に私は、何も知らないのか。
大事な何かを、忘れているのではないか。
「・・・ねぇ、彼は、・・・一体・・・。」
何者なのか。
彼が、彼こそが。
貴女の言う、人造人間なのか。
「知りたい?」
彼女は微笑を崩さない。いつの間にか、例の表情に変わっている。
私は静かにうなずく。
「じゃあ、ついてきなさい。・・・全て教えてあげる。」
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