【七月二一日 午前六時二十分】

家の外に出ると、熱気が全身を襲った。

本日も晴天なり。忌々しい太陽は今日も元気に活動している。

「おっはよう!今朝も陰気に冷めた表情を晒しているわね。」

いきなり嫌な顔に出くわした。美樹はいつもと変わらない嘘くさい笑顔を貼り付けて、話しかけてくる。

「明日から夏休みね。貴女はどう過ごすのかしら・・・っと、ごめんなさい。友達のいない貴女に聞いてはいけないことだったわね・・・。」

私は、そのあまりにも普段と変わらない彼女の行動に、寒気を覚えた。

昨日の、彼女の言葉。人造人間の噂、あの表情。昨日のことがまるで無かったかのように、彼女は微笑んでいる。

余計わけが分からなくなる。一体彼女は、何をしたいのか、いつものように単なるいやがらせなのか。

「ねぇ、美樹。昨日の話なんだけど・・・。」

「昨日の話って、噂話のこと?」

「そう、あなたの言っていた、人造人間の噂・・・。あんなの、でたらめなんでしょ。私をからかうための、貴方の冗談なんでしょ。だとしたら止めなさいよね。」

私は、笑顔を崩さない彼女に問い詰める。美樹は表情を変えないまま、私を見返す。

「あら、貴女、怖がっているのね。これだから貴女をからかうのは止められないわ。」

「じゃあ、やっぱり貴女・・・!」

「嘘じゃないわ。」

「・・・え・・・。」

彼女は、微笑んでいる。ずっと変わらない笑顔で。なのに、いつの間にかその顔は昨日と同じ表情になっていた。

あの、寒気を催す顔に。

「嘘じゃないわ。何よりの証拠に、貴女自身が怯えているじゃない。何か心当たりがあるんでしょう?」

「・・・心、当たり・・・。」

それはもちろんあった。いま、自分の家にいる少年の姿がよぎる。

美樹は、彼のことを知っているのか。

「・・・貴女、何か知っているの・・・。」

「さぁ、貴女こそ私に何か隠しているでしょう?お互い様よ。」

そういって彼女は私に背を向け、学校へ向かおうとする。彼女を呼び止めようとするが、体が言うことを聞かない。

私は冷や汗をかいたまま、その場にしばらく立ち竦んでいた。


終業式はつつがなく終わり、教室で成績表を受け取った後に解散となった。周りの生徒たちはそれぞれ教室を出て行ったり、友人同士で話し合ったりしている。

美樹は、いつの間にかいなくなっていた。

 (結局、一日考え込んでしまったわ・・・。)

 美樹の言葉が一日中ぐるぐると頭の中を回っていた。あの言い方は、ユウマのことを何か知っているような素振りだった。何故、美樹が彼のことを知っているのだろう。

 結局、噂の話を解消するところか、さらなる疑問がわいてきてしまった。悶々としたまま机に突っ伏していると、いつの間にか教室がうす暗くなっていた。先ほどまでの騒々しかった教室からは想像できないほど、薄闇に包まれた空間は恐ろしいほどに静かだった。

 私は静寂を破らないように静かに立ち上がると、教室を後にした。

 廊下にも人気はない。夏で日が長くなっているとはいえ、さすがにこの時間帯まで残っている生徒はいない。

 「・・・あれ、一方さん、こんな時間に何してるの?」

そんなことを考えていたのに、階段の踊り場で捺澄と出くわした。

 「・・・先生こそ、どうしたんですか?」

 「どうしたもこうしたも、教師が巡回するのは普通でしょ。」

 そう言って彼はお決まりの笑顔を見せた。

私はまた、顔を顰めてしまった。

 苦手だ。寧ろここまで来ると嫌いと言ってもいい。似てもいないのに美樹を連想してしまう。

 「そうですか。じゃあ、私は失礼します。」

 その笑顔から逃げるように、私は彼の横を通り過ぎる。だが、彼は何故かあわてたように私を呼び止める。

 「あ、ちょっと待って!」

 「・・・まだ何か。」

 「いや。もう、こんな時間だし、女の子が一人で変えるには危ないよ。先生が送っていくよ。」

 「・・・結構です。一人で帰れます。人気の多い通りを通りますし・・・。」

 「最近は色々と物騒だし・・・。一方さん、人造人間って、知ってる?」

 その言葉を聞いて、私は立ち止まった。

 何故、彼も知っているのか。

 振り返って見上げた捺澄の顔は、夕闇に溶けて黒く塗られていた。

「その顔は、知ってるんだね。だから、ね。危ないから送っていくよ。」

『気を付けないと、きっと死んでしまうわ。』

美樹の言葉が脳裏に蘇る。耳鳴りがして、視界が狭くなる。

彼の表情は分からなかった。あの笑顔をしているのかどうかも。


 「それじゃあ、俺はここで。」

「・・・ありがとうございました。」

彼は家の前まで私を送ってくれた。彼の家もこの近くにあるから、最後まで送らせてほしいと懇願されたのだ。

学校からここまでの道中、彼は色々と話しかけてきたが、殆ど聞いていなかった。

「・・・髪、短くしたよね。去年まで長かったのに。」

帰り際、何か思い出したかのように振り返ると、彼はそう言った。

「えぇ、暑いので。」

本当は美樹と同じ髪型にならないようにしているだけなのだが、それを話す必要もない。それを聞くと何故か彼は満足そうにうなずき、例の笑顔を向けた。

「そっか。似合ってるよ。」

それだけ言い残して、彼は去って行った。

(結局、何であんなことを言い出したのだろう・・・。)

人造人間。美樹と捺澄の声が重なる。美樹だけが言っていたなら、単なる嫌がらせだと言い張ることができただろう。だが、捺澄からも同じ単語が出てくるということは、本当に流れている噂なのだろうか。

だとしたらそれは、どんな姿をしているのだろう。

(・・・もしかして、それは・・・。)

白い、少年の姿を―――――。

私は、不安な心を振り払うように、頭を左右に振る。そして、家の鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。

「・・・あれ・・・?」

家の鍵が開いている。朝は閉めて出てきたはずなのに。

(まさか・・・。)

靴を放るように脱ぎ捨て、階段を駆け上がる。

殆ど体当たりをするように自室のドアを開ける。

そこに彼の姿はなく、くしゃくしゃに丸められたシーツが床に置いてあるだけだった。

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