【七月二一日 午前六時十分】
眩しさで目が覚めた。
カーテンを通してピンク色になった朝陽が自分の顔に直接当たっている。逃げるように体を横に向けると、ベッドが見えた。
(・・・そうか、僕は昨日、この家に泊めてもらったんだ・・・。)
昨夜、この家にいきなり連れて来られ、大量の質問をぶつけられた時には驚いたが、よく考えれば、これほど安全な状況はないと思う。
一人で資金もなく、安全に休めるような場所など、自分が考える中で一つもない。この家なら、それらを満たすことができる。
彼女の両親は同じ職場で四方働きをしているらしい。その上多忙な身で、今も暫くは会社に泊まり込みで働いているそうである。
食料は彼女が調達してくれるという。元々小食で、いつも買ってきた食材を余してしまうので、ちょうどいいという。
あの黒い戦闘服の集団も、見知らぬ家の中に転がり込んでいるとは夢にも思わないだろう。
(・・・でも、まさか家に泊めてもらえるとは思わなかったな・・・。)
思いついたは良いものの、必ず断られるだろうと思っていた。
(何で、止まることを許してくれたのだろう・・・。)
ベッドの中には誰もいない。タンスの横に掛けられたセーラー服がない。今日は平日だから、学校に行く準備をしているのだろう。
不思議な少女だ。初対面の人間を質問攻めにする、匿うことを躊躇わず許可するし、常識のある人間のすることとは思えない。
(不思議というか・・・、変?)
僕が思案にふけっていると、部屋の扉が開いて、件の彼女が顔を覗かせた。
「あ、起きた?・・・私、これから学校に行ってくるから、家から出ないようにね。まぁ、追われているって言ってたから、出るわけないか。」
鏡台の前で短い髪を整えると、彼女は通学鞄を掴んですぐに扉のドアノブに手を掛ける。
「あ、私明日から夏休みに入ってずっと家にいるから、そうしたら・・・。」
何かを言いかけて、結局何も言わずに微笑んで、彼女はドアを開ける。
「何でもないわ。じゃあ、またね。」
そう言って、彼女は部屋から出て行った。僕は再び布団に横になる。
言われなくても、外に出る気などさらさらない。せっかく獲得した安全な場所だ。
(でも、それはいつまで?)
記憶が戻って、自分の本当に帰るべき場所が分かってからだろうか。それとも、誰かが迎えに来てくれるまでなのか。
(あの、眼鏡の男・・・。)
目が覚めた時、そばにいた眼鏡の男。きっと彼は僕の味方なのだろう。彼なら自分が何者か知っているのだろうか。僕が何をしてきて、どんな人間なのか。
(僕は、一体・・・。)
森の中を彷徨っている時から、ずっと抱いてきた疑念。一人になると膨らんでくる不安は、止め処なく僕の胸の裡を満たして、叫びだしそうになる。
僕は何かから逃れるように頭からシールを被った。自分が身に付けてきた物は、彼女が昨夜洗濯して干してくれている。被ったシーツは彼女が僕のために貸してくれたもので、彼女の匂いがした。
彼女は不思議な女性だ。顔も合わせたことのない自分のために、昨夜から色々と優しくして接してくれる。初めは抱いていた警戒心も、すぐに解いてしまった。
彼女の匂いを嗅ぐと、少し不安が和らいだ気がした。
僕は布団の上でシーツに包まりながら、彼女の帰りを待っていた。
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