【七月二〇日 午後七時二十分】
「・・・何をしているの、私は・・・。」
熱いシャワーを頭から浴びながら、私は浴室の壁に片手を付いた。残った手で頭を抑える。
勢いで家に連れ込み、ひとまず一人で考えるために強引に彼を一人置いて浴室に逃げこんできたが、考えても考えても自分の行動が理解できない。
「そもそも、何で見ず知らずの人間を家になんか入れてるのよ・・・。」
居酒屋の店と店の間で汚れたシーツに丸まって寝ていた少年。その下はなぜか裸。
常識に照らして考えれば、確実に連れてこない。今すぐに襲われてもいい状況だ。
「・・・本当、どうして・・・。」
どうして、こんなに彼のことが気になるのだろう。
―――ぽこぽこ、ぽこぽこ・・・。
「・・・入れてしまったのはしょうがないわ。とにかく、彼と話をしないと・・・。」
シャワーを止めて、浴室を出る。洗面台の鏡に映った自分の上半身が見えた。
肩のあたりでそろえた髪、白い肌、凹凸のない身体。
体型も、美樹に似ている。顔も、よく似ていると言われる。
(――――アイデンティティ、自我の確立、ね。)
昼間の授業の言葉が頭から離れず、私は鏡から目を逸らした。
小さい頃から、自分でも似ていると思っていた。まるで双子のようだと周りの人たちからも言われたし、お互いも認めていた。
だから、努めて髪型は揃えないようにした。
彼女が髪を伸ばせば私は短くするし、私が伸ばし始めると、彼女が短くする。私たちは互いに示し合せるでもなく、いつしかそうするようになった。
髪型まで同じになってしまったら、本当に一緒になってしまう。それは彼女のことが嫌いだからとか、そういうことではなく、きっと自分自身のためにそうしているのだ。
もしそこまで同一になってしまったら、私が二人いることになる。同じような考え方、同じような行動、趣味、容姿。全く同じ自分がいて、気持ちいいと思える人間はいるのだろうか。少なくとも私は、おそらく彼女も、それに嫌悪感を抱いている。
私は一方霞という一個人としてありたい。日向美樹と同じになってしまったら、私のアイデンティティは崩壊してしまう。
その恐怖を感じ始めたのはいつだったか、もう覚えていない。いつしかなるべく鏡で自分の顔を見ないようにし始め、どうしても見なければいけない時は一部分ずつ見るようにした。
全体を見ると、きっと彼女と同じだと感じてしまうから。
だから、最近は自分の顔がどんなものなのかよくわからない。
こういうところさえも、彼女もきっと同じなのだろう。
『気を付けないと、きっと死んでしまうわ。』
美樹のことを考えたからだろう、先ほどの彼女の声と、表情を思い出してしまった。
「じんぞう、にんげん・・・。」
ユウマと名乗った、先ほどの少年を思い返す。死人のように白い肌をしていた。
(人造人間って、死体から造られたのよね・・・。)
彼女の笑みが頭から離れない。私は表情を振り払うように濡れた頭をぶるぶると振った。
「・・・全く、そんなのいるわけないじゃない。あんな言葉を真に受けて、馬鹿みたい。」
私は服を着ながら、言い聞かせるように一人頷く。冷静に考えれば、まず人造人間なんて空想の怪物がいるはずがないのだ。全て彼女の冗談だろう。
気持ちを切り替えて、階段を昇り自室へと戻る。着替え終えた彼は何故かこちらを見ようとせず、安座のまま動かない。
「――――一方霞、高校2年よ。よろしくね。」
努めて笑顔を向けるが、ユウマはこちらを不審な目つきで見ている。当然だろう。見知らぬ人間にいきなり家まで連れてこられ、何者か問いただされているのだから。頭では理解しているのに、この少年のことが気になってしょうがない。
会うのは初めて、だと思う。記憶を遡っても、彼のことについて、自分が何か知っている、ということは何もないはずだ。
「・・・人に、追われてる。」
「え?」
今まで私の顔を見詰めていた彼が、不意に話し出す。あまりに突然だったので、素っ頓狂な返答をしてしまった。
「ずっと追われてて、ここまで逃げてきた。・・・すぐに出ていくから、少しの間、匿ってほしい。無理なら無理でいい。すぐに出ていくから。」
「人に追われてるって・・・。どうして。」
問いかけても、彼は膝と膝の間に顔を埋めて黙り込んでしまった。
彼を匿う?見ず知らずの人間を?
冗談じゃない。普通に考えてありえない要求である。理由もよくわからないし、そんな危険なこと、了承するわけがない。
「いいわよ、しばらく両親も家に来ないみたいだし。」
そう思っていたはずなのに、口から出た言葉は自分でも信じられないものだった。私はその場に崩れ落ちた。
(何を言っているのだ、私は・・・!)
自分の行動がおかしい。全く以て理解不能だ。さっきから自分の考えていることとは違う行動をとってしまう。
(どうしたんだろう、私・・・。)
「助かるよ、ありがとう・・・。」
「へ、あ、あぁ・・・うん・・・。」
彼は相変わらずこちらに目を向けないままだったが、ぼそりとそう呟いた。頬が少し赤い。
その姿を見て、私は考えていることがどうでもよくなってしまった。
私がどうしておかしな行動をとってしまうのか、この気持ちがなんなのか、理解できないままだったが、言ってしまった以上はしょうがない。
「・・・これからしばらくよろしくね、ユウマ。」
差し伸ばされた私の手をしばらく眺めていた彼だったが、ゆっくりとその手を握り返してきた。
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