【七月二〇日 午後五時四十分】
ひたすら歩いた。ただ進んだ。
人の歩くように整備されていない山の中を、何度も転びそうになりながら進んでいく。目的や目標は何もなかったが、開けた場所を歩いていくよりは安全だと思い、森の中を彷徨った。
顔に当たりそうな枝を払おうと手を挙げるとズキリと痛んだ。眉間に皺を寄せながらも、構わず枝を払う。
どうしてこんな状況に陥ってしまったのだろう。
先刻から、この疑問を幾度となく繰り返した。
しかし、いくら考えてもベッドで目を覚ます以前の記憶がない。思い出そうとしても、激しい頭痛に襲われ、何も浮かばない。
まるで、わざと思い出さないようにしているかのように。
(何か、大切なことを忘れているような気がする・・・。)
何度も何度も考えたが、一向に思い出すことができなかった。
その内にあれほど途方もなく群生していた針葉樹がまばらになり、広葉樹や背丈の低い植物が目につきはじめた。頭上からは木々の隙間から朱色の光が差し込み、薄暗い森の中をうっすらと照らしている。
もう夕刻なのだ。あの建物から飛び出してから、半日以上は歩いていることになる。
いつまで歩けばいいのだろう、と暗い気持ちになりかけた時、今まで頭上からしか照らされていなかった夕日の光が、前方から差し込んだ。はやる気持ちを抑えながら、僕はその光に向かって一歩一歩近づいていく。
「・・・っ・・・!」
急に視界が開けて、真っ赤な夕日が目に飛び込む。夕日は地平線に沈み始めていて、連立するビルの群れを真っ黒な影にしていた。暗く映る高層ビルとは逆に、低い民家は夕日にその屋根を赤く照らし出され、自分のすぐ下の家々まで朱色に染められていた。
手前の民家は数メートル真下にある。自分が今立っている場所は切り立った崖になっていて、下に行くには飛び降りるしか方法は無さそうだ。
先ほど落ちた崖より、全然低かった。
僕は一度だけ深呼吸をすると、崖から飛び降りた。
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