31話 何だったんだで済まされる世界 中編
澄んだ青空に1つだけ浮かぶ雲のように白く、高く、静かにそびえる城が風に舞う花びらに覆われ、恩無は目を擦る。
どこまでも幻想的な景色ではあるが、それが本当に幻想であり、夢であるからだ。目を少しでも離せばすぐにでも別のものへと変化していくかもしれない。
それは今目の前にいる女王の気分次第であり、自分は女王に反する敵であるために謀反を起こしているも同然。無論、別に恩無は自分のことを女王の配下にでも下僕にでも奴隷にでもなったつもりはないため謀反を起こしているつもりもない。
そもそもで恩無は招かれた側であり、敵対するつもりでここにいるわけでもない。あくまでこの世界の女王が呼び出し、気まぐれで殺そうとしているだけなのだから。
「(傾国の美女ならばまだマシでしょうか。アレは国を滅ぼした後に居座る女王や魔女の類。気分次第で部下を皆殺しにしそうです)」
実際に歴史上にそのような王は幾人もいただろう。
英雄として奉られ、愚王として嘲笑われ、狂王として恐れられたに違いない、。
しかし、目の前にいるのは以前はただの動物であったはずだ。能力を得たのはつい1週間前。たったそれだけでこれだけの圧を放つ程になったというのだろうか。
目の前で華麗に妖艶に笑う名も知らぬ女王を前に恩無も笑う。
しかしどちらも目は笑っていない。
女王は冷たい微笑を浮かべつつも目の前の謀反者をどう拷問しようかと考えており、その目は決して逃がさぬぞという冷酷な炎を灯していた。
一方、恩無はというと、女王を対象とした世界の全てに目を向けており、それらを等しく差別なく、同様に研究対象として見ていた。
「バク。夜行性の動物であり草食、群れでなく個で生き、森林に生息する。外見の特徴としては身体つきはブタのように流線型、口吻はゾウのよう。森林に生息しているため藪の中を進むことを想定したような体系――」
「――ッ! もう良い!」
恩無の言葉を女王は遮る。
今、恩無が語っているのは女王のかつての姿であるバクの生態。数ある動物の中でも醜いであろう分類に入るバクの姿を語ることを女王は良しとしなかった。
「妾を侮辱するか? で、あるならば特上の悪夢を見せようではないか」
「いえいえ、そんなつもりは毛頭なかったのですがね。そうですね、簡潔に。バクという動物。この動物こそは中国発祥の妖怪の1つである獏の元となったと考えられています。悪夢を食べると言われる吉兆の妖怪。これがあなたの能力の正体でしょう? 残念ながら悪夢を食べてくれるだけの存在とはいかないようですが」
最後にまた1つ恩無は深く礼をし、話を締めくくった。
女王は動かない。
恩無の言うことが正しいのか間違っているのか反応を示さない。
「まずはお名前をお聞かせ頂きますかね? バク、とお呼びしてもいいですが、それでは失礼に当たりますでしょう?」
「フハハ。そうか、貴様は妾を敬うとでもいうのか?」
「いいえ? 敬いませんよ。ただ、すぐさまあなたを怒らせて終わらせられるよりも長くあなたの能力を見せて頂きたいのでね。友好的にいきたいところです。敵ではありますが」
実際、降伏しようと思ったらどうなるのだろうと恩無は思う。
この世界では相手は無敵に近いだろう。
世界の構築者。
世界の支配者。
世界の破壊者。
世界の創造者。
世界の王にして神にして生みの母。
今、恩無の目の前にいるのは夢という現実とは全く異なる法則を持つ世界の女王なのである。
「フハハ。そうか、妾に敵対する意思はない、ということか。その意気に免じて妾の名を教えてやろう。妾の名はドロテア。貴様の言う通り、バクである。夢の世界へようこそ」
恩無の眼前に花弁が横切った、と思った次の瞬間には恩無は城内にいた。
天井高くにはいくつものシャンデリアが飾られ城内を明るく照らす。
壁には絵画に興味のない恩無にも分かるほどの有名な絵画がいくつも掛けられている。
部屋の中央にあるテーブルには世界各国の食べ物が置かれ、グラスには色とりどりの飲み物が注がれている。
そして、ここで初めて恩無はこの夢の世界で女王――ドロテア以外の人間を見た。
腰に剣を下げ、重厚な鎧を身に着ける騎士達。食事を喰らい酒を浴びるように飲み会談をする貴族達。
ここまでは恩無にも理解できた。
西洋風の城ならばいるであろう者達である。
爪を研ぎ、牙を鳴らし、高らかに唸り今にも飛び掛ろうとする男女数名が檻の中に鎖で繋がれていた。
ここがただの夢であったら、動物園内で闘いが行われていると知らなかったらただの夢の登場人物の数人で終わっていたかもしれない。
しかし、恩無は彼らを見てある推測を立てた。
「彼らは……すでに死んでいますね?」
この世界の女王に、支配者に問いかける。
「そうじゃ。あ奴らは妾の世界に囚われた哀れな亡者達よ。肉体はすでに死者であり、精神だけはここに残した。妾の手となり足となり働かせるためにな」
「この世界なら何でもできるのでは? 今更現実の世界の住人をここに連れてくる意味があるのですか?」
「この世界の住人を新たにつくってもそれは妾の分身のようなもの。じゃが、連れてきた者は妾の管理下にあって、支配下にあって、しかし分身ではない。仕事を与えれば妾の意志とは別に働いてくれるわ」
檻の中で動物達が暴れる。
まるでドロテアの言葉に反抗するかのように。
「落ち着くがよい。妾の言葉がいかに高度であり、貴様らの程度な脳が理解できなかろうと、身体で理解せよ。妾に抗うというならば貴様らはいらない。貴様らの意思など邪魔だ」
檻の中で暴れていた動物達の動きが止まった。死んだかのように、ピタリと動かなくなった。
「殺したんですか?」
恩無は悲しむように言う。
動物達に同情しているわけではない。実験対象が減ったことに対する悲しみである。
元より死んでいた動物である。それが生きていたと知って、精神だけでも生きているならば有効活用させてもらおうと考えていたのに。
「否! こやつらはすでに死んでおると言ったじゃろう。闘いの最中で死の寸前であった者の幾人かは意識を失った。意識を失えば妾の世界へ連れて来られる。肉体が死ぬ前に精神は妾の下僕とさせたのよ。ほら、動くのじゃ」
ドロテアの言葉に再び動物達が動き出す。
今度は従順に、ドロテアに跪く。
「なるほど。あなた1人でこんなに殺したならば記録にもっと残っているのに、と疑問でしたが……ようは死体を、死ぬはずであった精神を盗んでいたというわけですか」
恩無が納得したように頷く。
だが、この言葉でドロテアは心外とばかりに表情を強張らせる。
「妾を盗人扱いするか。なれば人間よ、恩無よ、その愚行を最後の言葉と以て死ぬがよい」
「おや? 自己紹介しましたっけ?」
「いいや、妾の世界が夢であるならば、貴様の深層心理そのものを妾が操るのと道理。貴様の夢とは記憶から基づくものであり、妾が貴様の記憶を読み取れぬはずがない」
「そうでしたか。では、恩無です。よろしく。まあ短い付き合いでしょうが、私とあなた、どちらかが死ぬまでの」
恩無は懐からメスと鉗子を取り出す。
「そうじゃの。貴様が死ぬまでの短い付き合いじゃ。一時でも妾と会話ができたことに感謝して死ぬが良いぞ」
城内の騎士と檻から放たれた動物達が恩無を囲む。
それに対し恩無はドロテアに向けメスと鉗子を構える。戦士としての構えではない。今にも解剖を始めるかのような構えである。
「『
騎士が剣を振るい、動物達が牙と爪を剥く。
「『
恩無はそれを受け、ただメスと鉗子を動かした。
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