26話 チーム
一週間が過ぎ、動物園内にいる動物たちの数は大幅に減少した。約半数、これが現状の動物たちの数である。元から何匹いたのか、それは黒服や錺達のみが把握しており、当の動物たちはあと何匹生き残っているのか知り得ていない。
勝ち続けた者、逃げ続けた者、あと一歩で勝てるという時に逃げられた者、負けたあげくにわざと逃がされた者、闘いが中断された者――とにもかくにも再び動物園の中央広場に集められた多種多様な動物たちは生き延びていた。
初日と同じく大広場に集められた動物達を前にして壇上を昇る男がいた。
壇上に設置されたマイクのスイッチを入れ、錺は息を大きく吸い込んだ。
「やあ皆さん。お元気そうで何よりです」
この一言であちこちからヤジが飛んだ。
――誰のせいだ
――お前が言うか
――殺すぞ
――ちっ、この首輪さえなけりゃな……
――不味そうだがよ、殺しやすそうだ
――喰わねえんなら俺によこせ
――俺の能力ならあんなんでも上手く喰える
――へっ、どいつもこいつも本当に一週間生き残ってきたやつなのか?
――雌もいるぜ、柔らかそうだ
――野生において老体は死を意味するのにまだ生きてやがんのか
――明日の朝にはワイが纏めて殺してやるわ
それらの声に紛れ、隙あらば集まっている動物を殺そうと企む者もいた。
だが、黒服達が銃器類を持ち、更にはジュウゾウやフェル、アヌーラと言った比較的公正を重んじる者達が目を光らせているため行動に移すことは難しい。
最も、隙を見せるような者は今この場にはいない。
どの動物も死闘を切り抜け、油断や隙を生じて死ぬような者は生き残ってはいない。
つまりは、全員が全員を見張るという膠着状態の中で錺の言葉を待つほかなかった。
「さて、一週目も終わり、皆さんは何かしらの闘いを潜り抜けてきたのでしょう。勝った、負けた、引き分けた、逃げた、見逃した……そんなことはどうでもいいです。兎にも角にもここにいるのは生きている者だけ。生きることに少なからず長けた者だけがこの場に集まれました」
錺が辺りを見回すと、勝った者は得意気に、負けた者は悔し気に、引き分けた者は互いの顔を見て、逃げた者は下を向き、見逃した者は余裕綽々と笑い、そして生きていることに多少の安堵を見せた。
「互いの手の内を知っている者らもいるでしょう。再戦の誓いを立てた者もいるでしょう。彼我の差を知り打ちひしがれた者もいるでしょう。一匹であっても何匹を相手にして勝った者もいるでしょう」
手の内を知ってなお、互いに生きている者らはどの程度いるのだろうか。それは話している錺自身ですら分からなかったが、ギラギラと目を輝かせている動物たちを見ると少なからずいるようである。
「そこでですが、私考えました。弱い者は弱いなりに闘い方があるでしょう。生き残り方があるでしょう。しかし、それでも弱い者が強い者に勝つことはできません。力が2の者には1であっても1.5であっても勝つことはできない」
先ほどの目を輝かせていた動物達とは打って変わって、明らかな弱者と見られるような動物達がため息をつく。自分の非力さを嘆くように。選択肢が逃げる一択であることを憂うように。
「しかし1と1.5を合計すればどうでしょうか? 1と1.5がバラバラに2に挑んでも勝てません。しかし、合わさって2.5になれば勝機が望めます。……言いたいことが分かりますね?」
黒服達が壇上にいる錺の元へと一枚の紙を届ける。筒の中に入れられた紙は広げると飾りを隠すほどにまでになった。
紙の後ろから錺の声が聞こえる。
「2週目はチーム戦です。ここに私が偏見と独断まみれで組み合わせたチームが書いてあります。まずはそのチームに別れてみてください」
動物達が移動を始める。視力の弱い者は黒服に導かれ、動こうとしない者は黒服に銃を突き付けられ、5分もしないうちにチーム別になっていた。
「もちろん、チームが嫌だという方々は別れてしまっても構いません。ですが、決して相方に危害は加えないように。そうですね……首輪には私達に危害を加えると電流や毒が流れる仕掛けがありますが、対象を相方分も増やしておきましょうか。能力によってはドーピングのようなものもありますから、直接的な死因になる気害を加えてはならない。加えた者は首輪から電流と毒が流れるというように設定しておきます」
動物達は互いのパートナーを見る。
互いに知っている者であったり、殺し合った中であったり、全く顔を見たこともない者であったり……。
隙を見て殺そうかと思っていた者はその言葉で諦め、弱者はパートナーが強者であることを望み、弱者同士で組んでしまったチームは互いに嘆き、強者同士で組んでしまったチームは早々に別れようとしていた。
「今日はここで解散とします。明日からまた再開するので今日は親睦を図るなり休むなりしていてください。では、ごきげんよう!」
壇上から降りた錺はそのままどこかへと消え去ってしまった。
「……よろしく。最初に言っておくけど私はまともに闘えない」
「なら、攻撃は俺に任せてくれ。(盾にでもなればいいが、弱そうだなこいつ。……貧乏くじを引かされちまったってわけか)」
弱者は自称強者と出会い、勝手に失望される。しかし、実際に闘いの場となればどの能力がどう噛み合うか分からない。弱者の使えないと思われていた能力でも強者の助けとなる可能性もある。
自称強者は盾を望んでいたが、弱者は盾になれる能力を持ち得ていた。
この2匹は噛み合っているチームと言えるのであろう。……性格が噛み合うかどうかは別であるが。
「し、師匠とチームを組めると!? 足手まといにならないようにコッソリと後ろから付いて行くのでどうか共に付いて行くことを認めてください!」
「はて、弟子など儂にはいなかったはずじゃが……。まあ良い、勝手にせい」
師弟は戦場に赴くことに何のためらいもなく、さりとて協力ではなくあくまで1匹と1匹での行動をすることになる。後ろから付いて行くことは隣を歩くことでも背中を守ることでもなく、追いかけるものである。一方的な関係がどこまで続くか、師弟は何時まで師弟でいられるかがこのチームでは鍵となる。最も、師弟ではなく戦友となることこそが最良であろうが。
「……誰だお前は」
「そうですねえ。まあおいおい私のことは話すとしましょう。それよりどの動物も良いですねえ! 解剖したい。解体したい。解明したい。解決したい!」
互いに知らぬ同士であっても顔を合わせたからには話さずにはいられなくなり、しかし話して後悔する。まともな思考判断力を持ち合わせていることを望んだ者はたった一度の会話で諦めざるを得なくなった。
逃げ続けることに嫌気がささず、闘わなくて済むのであればそれでいい。そう考える者にとってパートナーに選ぶべきはまともな思考の持ち主であった。
「おう、邪魔すんじゃねえぞ」
「はっ、てめえこそ」
互いにいつ殺し合ってもおかしくないようなチームは一触即発の雰囲気であっても、このチームでならば決して負ける事はないと確信した。互いに殺し合いたいほどの実力を持ち得たチームの敵は油断だけであった。
どのチームも同じような組み合わせがなく、どのチームにも生き残る術がある。
1匹でないからこそ迂闊に攻め込めないし、迅速に逃げられない。
1匹の時よりも遥かに難易度の上がった実験がここに始まった。
「楽しみにしてますよ。まだ見ぬ闘いを私に」
実験は翌日から再開される。しかし、再開前日は1週目の初日前日よりも殺気が濃く、絶望に溢れていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます