24話 生えし産む者達 後編

 実験動物にされる動物の代表例としてネズミがいる。新薬などが開発され動物に害がないか試される。増えることが簡単であるからこそ簡単に使い捨てることができる。

 だが、ネズミと人間では大きさもDNA配列も違う。ネズミでの実験が成功したからといってそれが人間にも通用するとは限らない。人間に安心して使用するならばもう少し人間に近い存在で実験しなければならない。


 人間に近い存在。それがチンパンジーである。人間に最もDNA配列が近いと言われている存在。チンパンジーでの実験が成功すれば人間でも安心して使えるとされる。

 人体実験ならぬ非人体実験にして人間を想定した実験。

 人間の身代わりとなった動物こそがチンパンジーなのであった。


 身代わり。その言葉こそがチンパンジーであるエノスの能力となった。

 手に触れた物体に身代わりとして一切の傷を負わすという能力。

 身代わりとするため触れていた物体はいずれ朽ち果ててしまい、使い物にならなくなってしまうが、また新たに手にすれば良いだけの話である。

 いずれ手に触れることができる物体が無くなるまでダメージが無い。エノスは攻撃ではなく防御主体の能力を得ることにより胎児を守ってきたのだ。





「殺す。俺とお前、どっちが強いかをはっきりさせるために」


「殺す。あなたという外敵からお腹の赤ちゃんを守るために」


 針を生やし刺し貫くという攻撃をする能力。

 身代わりという押し付け守るための能力。


 両者の全く性質の異なる能力がぶつかり合い、その決着はわずかな時間で着くこととなった。


「針っつうのはな、貫通力だけに特化してると思うなよ! その最たるものは小さいがゆえの暗器としての力だ」


 ぽん太が手を握り、開くとその指の間にはそれぞれ針が挟まれていた。

 合計8本。その全てをエノスの人体であるところの急所の額、目、鼻、頸部、心臓、鳩尾、両肘に突き刺さる。


「……こんなもので私は死なない。壁が、私の傷を引き受けてくれるだけ」


 エノスの背後にある壁に新しく8つの穴が空く。

 全てエノスを貫いた針と同じ場所である。すなわちダメージは皆無。


「……今の攻撃に意味はなかったようね。こちらから攻撃させてもらう。……?」


 両肘に突き刺さる針を抜こうとしたエノスが動きを止めた。

 それは手を使おうと思ったのに使えない。そんな動きであった。


「肘にある筋を貫き傷つけるとな動かなくなるらしいぜ? そんな傷さえも無効化し押し付けちまうお前には意味がない、そう思っていたがやっぱりだ。その突き刺さった針自体は無視できねえ。針が筋に刺さっていればその筋を使うことはできず、手に力は入らねえ。手が使えなければ針は抜けねえだろ?」


 手先が器用であり手を使うことに長けたエノスにとって手を封印されているこの状況は好ましくなく。さらには手が使えないという事は赤子を抱けない、腹部を守れないということである。


「しかもお前は今、何にも触れていない! それを分かっているのか?」


 針が飛ばされる。


「……別に力はいらない、わ。触れられれ、ばそれ、でいい、のだから」


 頸部を針で貫かれているために呼吸さえも苦しくなってきている。

 だが、エノスはそれに構わず壁に身体ごと手を押しあてることで壁に傷を押し付ける。

 エノスの身体に更に針が増え、動かせる筋肉が減る。


「そして、別に手を使わなくても針なんか抜ける」


 エノスは身体を捻り腕を捻じると、口の前に針を持っていき歯で抜き取った。

 両肘の針を抜くことで自由になった両手はそのまま全身の針を抜いていく。


「それよりも、私の攻撃がまだ」


 チンパンジーの身体能力を駆使し壁を伝い三次元的な動きをし、ぽん太の目を惑わせる。

 針を投げようにも動きが素早くエノスには当たらない。


「きぃっ!」


 針が抜けたことで生身になったぽん太の部位をエノスは爪で引っ掻く。

 傷は大したことはないが、それでも繰り返されれば厄介であるし、こちらの攻撃が意味をなさないならばジリ貧である。


「オリャオリャッ!」


 針を抜いては投げ、抜いては投げを繰り返した結果、ぽん太の全身の至る所に生えていた針が1本も無くなった。


「これで、終わり」


 エノスがぽん太の顔面を引っ掻こうとした瞬間、


「そうだな、これで終わりだ」


 ぽん太はいつの間にか持っていた針をエノスの腹部に差し込んだ。


「……ごふっ!?」


 口から血を吐き片膝を地面に付いたのはぽん太であった。


「傷を肩代わりしてくれるのは手に触れた物体だけと思った? 私の能力は別に非生物だけとは限らない。こうしてあなたの身体に触れていれば攻撃したあなた自身にダメージを負わせられる」


 エノスはぽん太の顔面を引っ掻くふりをして肩に手を置いていた。


「腹部に刺さった針は決して浅くないはずよ。私がこうして一歩踏み出しているから余計に深く刺さっているから」


「……いいのか?」


 ぽん太は震える指で一点を指す。


「刺さったのは腹部だぜ? ダメージは無くても赤子に影響はあるかもよ?」


「……っ!?」


 ぽん太を追い詰めていたからだろう。言われるまで気づいていなかったようで、エノスはすぐさま後ろに下がり腹部の奥まで突き刺さった針を手に取った。


「……ごめんね、ごめんね赤ちゃん」


 そう謝りながら針を抜き、エノスの命の灯火は弱くなった。


「……え?」


 引っかかる感覚があっても躊躇いなく抜いたのが駄目であった。

 抜いた針とともに出てきたのは内臓。

 針に付いた何かが、抜けると同時に体内から内臓を持ってきたのだ。


「……なん、で?」


 ダメージ云々ではない。ダメージを肩代わりしても失った内臓を肩代わりするものはない。

 加えて手に持つ針はダメージ源そのものであり、肩代わりはできないのである。


「逆棘って知らねえか? 刺さるのとは逆向きになっている棘のことだ。俺に針の傷を身代わりにするってのは予想外だが、針1本くらいの傷はそこまでじゃねえ。腹に一発くらいは覚悟の上だ」


 ぽん太の能力は針を飛ばすことではなく針を生み出すこと。それは針に限られるが、形状はある程度変更可能である。

 逆棘を付けるくらいには自由がきいていた。


「赤ちゃん……私の赤ちゃんが……」


 エノスは腹部からはみ出る腸を戻そうと押すが入らない。

 次第に指が震え、身体から力が抜けていく。


「無駄だ、諦めな」


 トン、と額から脳にかけて針を打ち込まれたエノスはそれっきり動かなくなった。


「ようし、終わったか」


 肩を叩きながら、腹部の傷を見る。

 そこまでではないが、少し傷む。

 しかし、それでもまた闘いを生き延びた。

 これで今回の闘いも勝って終わったのだ。


「いいや、まだ終わっていないよ」


 そう声がした。

 

「……誰だ?」


「ここだ、母体が死んだからようやくオイラが出られるようになった」


 声はエノスの腹部から聞こえてきていた。

 エノスの腹を、針が空け、腸がはみ出していた部分から破くようにして出てきたのは少年であった。


「やあ、オイラはカッコウのゴーシュ。母を殺してくれてありがとう、というところかな」

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