21話 貝を叩く者

 初日にして死んだ動物の中にウロコフネタマガイという者がいた。

 体表の鱗を金属化する生き物であり、その身体の大部分はとある動物によって食べれらてしまっていた。だがしかし、食べられなかった部分、金属化していた部分はちゃんと残っており、死んだ場所、つまりは池の縁に置かれたままであった。


 土左衛門がウロコフネタマガイの金属化した部分を手に掴めたのは全くの偶然であった。

 最初はそのような得体の知れないものは無視して池の中に入ろうとした。だが、翔太郎にそれは邪魔され、池の縁を転がっていった。その転がりの中で金属を手にしたのは何かこの状況を打開したいという土左衛門の意思であった。


 貝を能力の条件とする土左衛門にはこの金属が何なのか、これが貝であることは手に取った瞬間、すぐに分かった。

 なぜ貝がこのような状態になっているのか、気にはなるがそれは後でだ。

 今重要なのはこれが貝であるということだけ。


 こうして土左衛門はウロコフネタマガイという貝を手にして能力発動の準備を整えたのであった。





「……『海獺シーオッター’ズハート』」


 土左衛門は能力の発動と同時に黒い貝を思いっきり殴った。全力で。


 ボキッと音がした。骨が折れる音であった。


「ぐっ!?」


 その声を上げたのは金属の貝を殴った土左衛門ではなく、骨が折れ痛みと驚きで思わず声を上げてしまった翔太郎であった。


「……足の指か。運が良かったというか、お前の能力からすると腕や手の骨のほうが良かったもしれんな」


「お前、俺っちに何をした?」


 翔太郎は痛みよりも、今何をされたのか分からないという焦りから全身に汗をかいている。所詮は足の指の1つ。大したものではない。十分に無視できるものだ。

 土左衛門は翔太郎に指一本触れていない。土左衛門が触れたのは黒い貝のみ。

 分からない。攻撃されたことすら感じなかった。

 気づいたら骨が折れており、痛みが伝わってきた。


「今やったのがお前の能力か」


「そうだ。お前の足の指の骨が折れたのは間違いなく俺の能力によるもの。……お前の能力は走ったという結果のみを表すと言っていたな。ならお前風に言うなら俺の能力は殴ったという結果のみを表すと言った感じだろう。俺が貝を攻撃するとそのダメージは巡り巡ってお前の骨のどれか1つに伝わる。ランダムだからな。俺もどの骨に行くのかは分からないから完全に運任せだ」


「……そうか。それは良いことを聞いたぜ」


 翔太郎は走り出そうとする素振りを見せる。


「俺っちがよ、さっきから移動をミスってたのは今日がまだ初日で能力を使いこなせていなかったからだ。当然だよな? 突然新しく腕を1本付け加えられるようなもんだ。それを使うのは練習が必要だ。俺っちの能力は腕が1本付け加えられるどころじゃなかったがよ。さっき何回も使うことで練習は完了した。計算は完成した。通り過ぎてしまうどころじゃねえ。お前の真後ろにだって移動はできるように俺っちはなったぜ?」


 翔太郎が消えた……かと思った瞬間には現れた……土左衛門には大分届かない位置に。


「は? ……何でだ? 俺っちの計算は間違っていないはずだ! 秒速22mでの計算はすでに完成されている。俺っちとお前の間の距離も目測で測れる! 間違いは何もないはずだ」


 翔太郎の疑問を聞きながら土左衛門は静かに地面に落ちている石を拾い、貝に叩きつけた。

 グシャリ、という音が翔太郎の右腕から聞こえる。


「今度は右上腕骨か。これで右手は使えなくなったな。出来れば、足に致命的なダメージがあればそれで無力化できるんだが……俺も運が悪いな」


 土左衛門はそう1人で納得する。


「おい、無視してんじゃねえよ! 俺っちが何でこんだけしか移動できないのか、これもお前のせいだろ! お前、まだ能力隠してるな!」


 翔太郎は右腕を左手で庇う。

 そうしていなければ右腕を支えていることができず、垂れ下がってしまうから。


「……俺の能力のせい、というのは認めよう。だが俺がまだ能力を隠しているというのは違う。……先ほどお前が自分で言っていたこと」


 土左衛門がここで一度言葉を切り、咳をする。

 喉が痛いわけではない。翔太郎に蹴られ転がったときに血痰が喉に引っかかってしまっていたのだ。


「あん?」


「先ほどお前が言っていたことに1つ間違いがある。……そう、お前の最高速度についてだ。お前の能力はお前の体力を使わないから何時まででも最高速度を出せるそうだが、それだって体調が万全であり、怪我をしていないときであろう? お前が足を怪我していた場合は当然、最高速度も減少する。減少したことに気づかないで最高速度のまま計算した時間で走ろうとすれば当然だが、移動距離も減少するのではないかね?」


 口元の血を拭いながら、土左衛門は翔太郎の身に起こったことを説明する。


「お前も俺もそうだが、特別優れた武器と呼べるものはない。爪も牙も大したことがないからな。お前が俺を殺せるチャンスは幾度もあった。だが、お前は俺を殺せなかった。蹴り飛ばしたのみであった」


「それ、は……遊んでいたんだよ!」


「最初はそう思った。だがな、お前には俺を殺す手段がないのではないか? 蹴り殺すつもりで蹴っていたのではないか? 多少は痛かった。ただ蹴られては俺も死んでいたかもしれない。だから蹴られる方向に転がってダメージを減らした」


「……反撃もしねえで蹴られてると思ったらそういうことかよ」


 話している間にも土左衛門は貝を叩くことを忘れない。

 叩くたびに翔太郎の骨は1本ずつ折れていく。


 左腕尺骨。右手三角骨。右脚舟状骨。左脚踵骨。右手示指中節骨。右腕橈骨。


「お、当たりのようだ」


 翔太郎が膝から崩れ落ちる。

 右膝から下に力が入っていないようだ。


「右の膝蓋骨といったところか。これでもう走ることもできないだろう」


「……さっさと、殺せよ。お前も俺っちで遊ぶってのかよ」


 どこかで肋骨を折られていたのだろう。翔太郎は息も絶え絶えになりながら土左衛門を睨みつける。


「そうしたいのは山々だ。俺も別に痛めつける趣味などない。だが、うかつに敵に近づくという真似もしない。殺せる手段は持っているのだからな。俺の運は悪いとさっき言ったが、お前も相当悪いようだな」


 叩く。叩く。

 石で何回も執拗に貝を叩いていく。


「運が良ければ一回目で死ねるはずだ。だが、こうしてまだ生きているところを見ると相当に運が悪い」


「ちく、しょう……。ならやってやるぜ。俺っちの速度は今限りなく遅いが、0じゃあねえ。自分でも分かる。1秒で1mも動けないことはな。だが、俺っちの能力は時間さえ指定すればどんだけ遅くても関係ねえ。遅いなら遅いなりに時間を増やせば移動距離も増えるんだよ!」


 翔太郎が消える。

 次の瞬間には、土左衛門の眼前に迫っていた。


「普段はニンジンを齧るくらいにしか使ってねえけどよ、食らってみろよ、俺っちの牙にも届かねえ歯をよ!」


 翔太郎が鋭い歯を見せて土左衛門の首に食らいつこうとする。

 土左衛門はそれを避けようとせずただ貝を石で叩いた。


 バギン、と今日一番の大きい音を立てて翔太郎は崩れ落ちた。

 その頭部は見るからに変形し歪な形になっている。


「ようやく当たりだ。頭蓋骨が粉砕された。これでお前も運が良いと言えるな」


 土左衛門は石を地面へと放り捨てる。

 何度も金属でできた貝を叩いていたせいでヒビが入ってしまっていた。


「さて……いや、これでいいか」


 池に潜り、ホタテガイの貝殻を拾いに行こうとしたが、今使っている金属製の貝がやけに手に馴染んでいることに土左衛門は気づく。

 ホタテガイよりも丈夫であり、何よりも黒くて目立たない。


「しかしこれでは手が傷みそうだ……何か代わりのものを見つけないとな」


 金属製の貝を叩くのだ。相手の骨が折れるのと同時に自分の骨まで折れてしまいそうだ。

 石をいくつか用意しておかなければな。

 そう、今回の闘いから学び、やはり自分の能力は強いものだと土左衛門は悟った。

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