19話 強奪に対する報い

「……ひっじょぉぉぉに、まずい」


 ミガテは今の攻防とも呼べない一撃から相手の実力の高さを思い知った。

 相手の能力はこの際どうとでもない。

 一撃で殺す能力? そんなもの力が強いだけのやつと変わらない。


「問題は、あの爺さんが素で強えことだ。……何で俺の位置バレたんだよ」


 視界を塞げども足の裏から伝わる音で位置を把握したと言っていた。

 能力ではなく、元から備わっている身体能力。


「対して俺にあるのは嗅覚がせいぜいってとこだ。……あの死体をはやいとこ回収しないと、俺の存在や能力の曝露に繋がっちまう。なるべく隠密行動を取って死体を集めたかったんだが……」


 すでに敵である老人の前には自分の死体が2つある。

 加えて先ほど使ったコウモリの能力。

 まず間違いなく自分の能力が複数あるとバレている。


「コウモリの能力はもう使えねえな。どうしようもなく疲れる。……っていうか、あんなんでどうやって闘ってたんだ」


 実際に使ってはみたものの、コウモリの能力は体力を大幅に使うことや、自分の視界すら塞がれるという恐ろしく使いづらい能力であった。

 ミガテには知る由もなかったが、吸血による体力回復と残響定位による位置の把握ができるコウモリのバッターにとってはこれ以上ない最高の能力であったのだ。


「……あれもこれも全部使えねえなあ、おい。やっぱし雑魚の能力は雑魚だから死んでくんだな。後使えそうなのは……やっぱりこれくらいか」


 これまでに喰らい尽くした動物たちの能力の中から今使えそうなものを見繕っていくが、少し爪が伸びたり牙が鋭くなったりと、ミガテにとってそこまで恩恵のない能力が多い。


 それでも能力をピックアップし終えたミガテは再び敵の元へと挑む。


「残り2体、これ以上の死体はつくりたくねえ。……暗闇が駄目なら次は攪乱だ。あの爺さんは一撃に全てをかけるタイプ。なら俺は手数で押してやるよ」


 ミガテの手には握られてない。

 彼の唯一の武器である鎌は今はどこにも見当たらない。


「『鬣犬ハイエナ’ズハート』」





 ミガテが再びの攻撃を仕掛けようとしている頃、アヌーラはフェルの顔を叩いていた。


「これ、起きんか」


 いつまた敵が襲い掛かるか分からない今、アヌーラとしては足手まといなるような存在はなるべくいてほしくなかった。かといってこの場を離れるわけにはいかない。そうすればフェルは殺される可能性がある。

 だからせめて、自衛くらいはできるように起こしておきたかったのだが……


「む? またか」


 足裏を伝って走ってくる者の存在をアヌーラは感じ取った。

 2つ目の死体がまだ生きている頃に走ってきた方とは逆の方。


「別のやつ、ではなさそうだな」


 走るリズムが同じ。そして足音も同じである。


「まずは殺すのではなく、捉えるとしようかの」


 先ほどは視界がなくなっていたせで手加減ができなくなり、殺してしまったが、今度は殺さないように手加減しなければ……だが、そのためには能力を使用せずに捉えなくてはいけない。


「儂の能力は手加減しようと思ってできるようなものではないからの」


 敵が悪であればあるほど勝手に威力を増していく能力。

 仮に悪ではないとするならば、今こちらに走ってくる理由もない。

 だからアヌーラは能力を使わずに捉えるしかないのだ。





「食らえっ!」


 ミガテは両手に持つ鎌を2つともアヌーラ目掛け投げつけた。

 刺さる箇所が悪ければ容赦なく命を刈り取る鎌はアヌーラの右脚と左腕に刺さる。


「ぬぅっ」


 アヌーラは避けない。避ければ背後にいるフェルに刺さってしまうから。

 そしてそれをミガテは分かっていて投げたのだ。


「……やはり相当なる悪意の持ち主じゃな」


 能力を使えば間違いなく殺せる。

 だが、殺してしまえばまた次、死体を残して襲ってくるかもしれない。

 アヌーラに出来ることは捉えて能力を聞き出すしかない。


「……?」


 アヌーラはミガテの両手を見る。

 いつの間にかまた鎌が手に握られていた。


「ふむ……」


 右脚左腕に刺さった鎌を抜きながらアヌーラは考える。

 鎌を持っていたのはどこからか拾ってきたのかと思ったが、今の一瞬だけ目を離した隙に拾えるはずがない。


「オラァ!」


 またも投げつけられる鎌は今度は左脚右腕に刺さり、傷口を増やしていった。

 アヌーラは己に与えられた傷を見もせずにミガテの手に注目し続ける。


「痛みなど一瞬のことよ。それよりも鎌の方が大事じゃ」


 ミガテは鎌がなくなったことにより空いた手を頭部へと持っていき、再び構え直したときにはその手には鎌が握られていた。


「頭髪、かのぅ。お主は今、髪を抜き取ってその髪を鎌に変えたのじゃな?」


「……正解だよ。てめえ、目まで良いってのか」


 ミガテは吐き捨てるようにアヌーラに答えを返す。


「いいや、儂の視力は悪い方じゃ。ただの勘じゃよ」


「そうかい……ならその勘でこれから死ぬことでも予想してな!」


 ミガテが鎌を投げつけ……手が空いた瞬間にはすでに新たな鎌が握れら投げていた。


「こんな能力、バレたってかまいやしねえよ。てめえはそこで突っ立てるだけなんだからなあ!」





 髪の毛を鎌に変える能力。当然ながらこれも他の動物から奪ったものである。

 本来は身体の一部を金属製の武器へと変える能力であったが、ミガテはこれを一番部位が多い髪の毛を、己の戦闘スタイルに適した鎌に変える能力として使っていた。

 実際、それで問題はなかったし、バレることも少ない。バレてしまったところで対策も立てられないような能力であるため重宝していた。


 体表が鉄の鱗で覆われている動物。それがウロコフネタマガイという巻き貝である。生き物の中でも特に珍しいその性質は能力となった時も自身の身体を自在に金属へと変える能力として驚異的な強さであった。

 だがしかし、この生物は実験が開始された後も全く動かなかった。貝であるがゆえなのか、本人の性格なのか。ともかくとして、ミガテがウロコフネタマガイを発見した時には金属部分は破壊され中身が飛び出ていた。

 ミガテはその死体を喰らい能力を得たというわけであるが、しかし能力の全てを得たわけではなかった。

 金属となった部分だけはいくら悪食を誇るミガテにも食べられなかった。そのため死体を全て食べたことにはならず、ミガテが奪えた能力は身体の一部を金属武器に変えるという能力になった。

 本人的にはむしろこの方が都合が良く、金属を纏うなどそんな動きを鈍くするなどごめんであった。





 ミガテの止まらない鎌の猛攻は、アヌーラには届かなかった。

 攻撃が止んだわけではない。鎌はいくらでもまだ投げられる。

 だが、アヌーラの手に持つ鎌により全て叩き落とされていたのだ。


「な……んでてめえがそれを持っている⁉」


「何で、じゃと? 何でも何もお主が投げてよこしてくれたものじゃろう」


 先ほどアヌーラの身体に刺さった鎌。それを抜き取ったアヌーラはそのまま手に持ちミガテの投げる鎌を全て迎撃していた。


 これこそがミガテの奪った能力の不完全さ。

 一度金属化したらもう戻せない。

 ウロコフネタマガイは勿論身体を金属化してもその後戻すことはできていた。そうでなければ移動も苦であったからだ。

 だが、ミガテは髪の毛を鎌にして、その後戻せるかどうかすら考えてもいなかった。

 所詮は髪の毛であり、いくらでも生えている。いくらでも使い捨てられるからである。そもそもで鎌を髪の毛に戻したところで頭部にくっつくわけでもない。


 見た目ではまだ分からないがミガテから髪の毛は減っていき、アヌーラの足元に鎌が増えていくのが目に見えて分かる。


「……そろそろ頃合いじゃな」


 ミガテの動揺はそのまま手を止める結果となり、その隙をアヌーラは見逃さなかった。

 アヌーラは手に持つ鎌を先ほどからミガテにやれれているのと同様に、ミガテに投げ返した。


「……身体能力と技術の差、か。やむを得ねえが仕方ねえ」


 ミガテは両足に刺さった鎌を見ると、逃げ切れないと判断し、手に持った鎌で己の首を搔っ切った。


「ふむ? また死体ができてしまったか」


 アヌーラはあくまで手加減していた。

 殺さないように、足を狙った。だが、ミガテは自ら死に、捕まることを拒んだ。


「敵ながら、あっぱれと言うべきなのじゃろうか」





 ミガテは走っていた。

 作れる死体は残り1つ。仕方ないが、この場は逃げることを選んだ。

 ミガテの本能が告げてくる。このままでは残る1つの死体を作ることになると。

 恥も外聞もない。元より生きるためなら手段を選ばないミガテだ。

 生きる確率が高いなら迷わず逃げることを選ぶ。


「……忌まわしいが、この決着はいずれもっと強いヤツを喰った後だ。今はまだてめえを殺せる能力が足りてねえ。……覚えておけよ」


 ミガテは死体を求め走り続ける。

 なるべく強い能力を持つ死体を探して。


「お、あそこに死体があるじゃねえか」


 丁度見つけた死体は闘いの激烈さを示していたかのような傷跡が多く残っていた。

 能力は食べるまでは分からないが、欠けた部分もなく十全に能力を奪うことができそうである。


「んじゃ、頂きますと」


 ミガテが死体に喰らいつこうとした瞬間、


「おい、アタシの獲物に何してんだコラ」


 背後から声が聞こえた。

 ミガテは死体を焦るようにして探すあまり、周囲への警戒を怠っていた。自慢の嗅覚すら死体探しに使ってしまっていた。

 低く、怒ったような声に恐る恐る振り向くとそこには見るからに強そうな女がいた。


「あー、その……あなた様の獲物でしたか。すいません、お腹が空いていたもので。すぐに去りますからどうぞお許しを」


 と、そそくさとミガテはその場を立ち去ろうとする。

 ミガテの余りにも戦意のない態度に毒気を抜かれたのか、


「……すぐにどこかに行きな。次にアタシが振り向いたときにまだ見えているようなら殺しに行くからな?」


 ミガテに背を向け、死体へと向き合った女に対し、


「馬鹿め! お前も死体となって俺の力の糧となれ!」


 ミガテは髪をごっそりと抜き取るとそのまま全て鎌へと変え、女に投げつけた。

 女は振り向くがその眼前にはすでに夥しいほどの鎌が迫りくる。


「死ねや!」


 鎌が女の肌に突き刺さる瞬間、女の腕が鎌の全てを叩き落とした。


「……は?」


「言ったよなあ? 振り向いたときにまだいたら殺すって。……じゃあ死ねよ」


 女の爪がミガテの喉を切り裂き、ミガテは一撃で絶命した。


「さて、食べるか」


 そうパンダの死体に向き合った女は嬉し気に笑う。





「ハァッハァッハァッハァッ⁉」


 何が起きたかミガテには分からなかった。

 勝ったと確信していた。殺したと思い込んでいた。それなのに一瞬で殺された。


「何なんだ……とりあえずどこかへ休まないと……身を隠さないと……」


 すでに作れる死体のストックは無くなっている。

 他の動物から奪った能力であるが、こうして使ってみて使えなくなるとどれだけ心の支えになっていたのかが分かる。

 死んでもいい能力とはなんて素晴らしいものだったのだろう、と。


 すっかり恐怖に染まってしまったミガテは木々が生い茂る檻の中へと入っていく。

 身を隠すために。敵から己を守るために。見つからないために。


 だが、その檻に掛かっていた札の名を見ることはなくミガテは入っていく。


「―――――」


 数分後、声にならない絶叫を残し、ミガテはついに死んだ。

 他の動物から奪った能力を何一つ使いこなすことはなく。

 自分の弱さを他の動物の能力の弱さのせいにして。

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